特別インタビュー

俳優・石丸幹二が語る
「“幸運の駆逐艦”が教えてくれるもの」 とは?

2025.07.31

俳優・石丸幹二が語る<br>「“幸運の駆逐艦”が教えてくれるもの」 とは?

令和7年は昭和100年とともに終戦から80周年にあたる。『雪風 YUKIKAZE』は記念の年にふさわしい戦争映画だが、描かれるのはあまり知られていなかった同名の駆逐艦。「大和」や「武蔵」という勇壮な戦艦ではなく、軽量で小回りの利く特性により攻撃から輸送護衛までなんでもこなす多彩な役回りだった。本来は歴史の波に埋もれてしまう存在ながら、目覚ましい活躍によって一部で語り継がれてきた。映画では竹野内豊が演じる寺澤一利艦長を中心とした過酷な海上での激闘を主軸に、本土にいる軍部や家族の姿を点景として映し出す。

「私もまったく情報はなく、『雪風』のことは知りませんでした」

そう語るのは俳優の石丸幹二。劇中では海軍連合艦隊の首席参謀であり、寺澤の先輩にあたる古庄俊之を演じている。

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「劇団四季に在籍していた頃、ミュージカル『異国の丘』でシベリアに抑留された悲劇の日本兵を演じたことがありますが、海軍の軍人は初めてでした。陸軍とはものの考え方がまったく違い、自由な気風があったと思います」

ミッドウェー、ガダルカナル、ソロモン、マリアナと数々の激戦を潜り抜けて終戦まで沈むことのなかった「雪風」は“幸運艦”とも呼ばれた。だが、不沈が二つ名の由来ではない。さまざまな海戦で自分たちの危険を顧みず、「雪風」の乗組員は撃沈された船の仲間たちをぎりぎりになるまで救助しつづけてきた。乗員数が行きよりも帰りのほうが多いこともあったという。劇中では敵であるアメリカの軍人にも敬意を示すが、これも事実に基づいている。さらに戦後は復員輸送船として、外地に取り残された日本人を母国まで送り届けた。その数は約13000名にも達するというから驚く。

リアルタイムで戦争を知る世代は年々減りつつある。太平洋戦争やその大元となった日中戦争すらよくわからない人も多いだろう。15年戦争とも総括されるが、極めて大まかに言えば、満州事変に端を発する中国大陸での陸軍下の関東軍による戦闘が泥沼化し、大陸での増長を許さない米英が南方からの資源の輸入をブロックしたことから、海軍が乾坤一擲(けんこんいってき)の真珠湾攻撃で宣戦布告。最初こそ勝ち星を重ねたものの、地力ではるかに勝るアメリカにミッドウェー海戦で大敗したことを皮切りに、南方での制海権と制空権を次々と掌握され、やがて沖縄の地上戦、本土空襲、広島・長崎への原爆投下で完膚なきまでの敗北を喫する。結果的に本土は焼け野原となり、日清戦争以降に獲得した海外での権益を失った。

とはいえ、戦争開始という決定に軍部が一枚岩だったわけではない。海軍では慎重論、というよりむしろ反対論も根強かった。特に条約や交渉で海外の要人と接する機会が多かった国際派はアメリカとの軍事力の差を実感しており、少なからずの軍人が開戦前から苦戦、いや敗戦を覚悟していた。石丸演じる古庄俊之は実在の人物ではないが、財部彪(海軍大将)や山本五十六(第2627代連合艦隊司令長官)といった複数の軍人をモデルに、まさにこうした国際事情に精通した海軍エリートとして設定されている。

「米英とのいくさには反対だった男が、今は最前線で戦っているのか」

そう寺澤を思いやる古庄の言葉があるが、本土の作戦本部にいるとはいえ、おそらく彼自身も同じような葛藤を抱えていたことだろう。その古庄自身が、連合艦隊にとって最後の戦いとなった沖縄戦に向けて、片道分の燃料のみ、すなわち海上特攻という過酷な指令を出す立場となる。厳かなたたずまいのうちに、かすかな表情の変化で悲しみを語る石丸の演技が見事だ。

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「なんとかわかってくれ――。古庄はそう考えていたと思います」

それでも寺澤の言葉を受け入れ、古庄はある英断を下す。海で戦う仲間へ向けて、生還への一縷(いちる)の希みを託すこのシーンは本作の要だ。

15年戦争での日本人の死者は、国内・国外、兵士・民間人を含めて約310万人というデータがある。嘆くべきは、その大半が最後の1年に集中しているということ。敗色が濃厚となっていた前年のうちに降伏していれば遥かに少ない犠牲で済んだことは疑いなく、戦後の歩みはまったく異なるものになっていただろう。

「この映画の素晴らしいところは単なる戦争映画ではなく、現代に通じる視点を持っていることですね」

全編を試写であらためて観た石丸はそう感慨を語る。海上で恐怖と隣り合わせになりながら、あるいは玉砕という確実な死に向かいながら、男たちが思い描くのは未来、すなわち今の日本だ。「後は頼んだぞ」と海上で手を振る彼らのエールをわれわれは受け取り、次世代に伝えていかなければならない。

「(映画宣伝に使われている)『たった80年前、海は戦場でした』というキャッチコピーはすごいと思います。今は昔に比べてさまざまな情報が入って来る。ネットのような仮想空間に身を置いている若い人も多いでしょう。国境に対する意識も薄くなっているかもしれない。そんな方にとって、あらためて平和に対するリアルな気づきを与えてくれる作品だと思います」

海は変わらない。戦争という荒波も、平和という凪(なぎ)をつくり出すのも陸の人間。沈まなかった船の物語は、「新しい戦前」ではない世界へ導く水先案内人となりそうだ。

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スーツ¥495,000、ネクタイ¥36,300、チーフ¥25,300/すべてイザイア(イザイア ナポリ 東京ミッドタウン 03-6447-0624)、シャツ¥16,500/CHOYA1886(山喜市場開発部 03-3633-9651)

プロフィール
石丸幹二(いしまる・かんじ)
1965年生まれ、愛媛県出身。1990年、劇団四季にてミュージカル『オペラ座の怪人』でデビュー、看板俳優として活動を続け、2007年に退団。現在は舞台のみならず映像、音楽、『題名のない音楽会』(テレビ朝日系)をはじめとするテレビ番組の司会も務める。

映画『雪風 YUKIKAZE』 yukikaze-movie.jp
2025年8月15日より全国公開。

Photograph: Yuji Kawata(Riverta Inc)
Styling: Takuro Tsuchida
Hair & Make-up: Kohei Nakashima
Text: Mitsuhide Sako(KATANA)

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