特別インタビュー
上白石萌歌、加賀の「時間旅行」へ。
界 加賀で、北大路魯山人の〝粋〟に触れる[後編]
2025.12.03
工房で修復された器は、館内の食事処などで再利用。有形登録文化財にも登録されている伝統建築棟にあるラウンジでは、ゲストが好みの酒器を選べるサービスを提供する。上白石も収集しているという魚モチーフの小皿に加えて、「金継ぎに愛おしさを感じるようになっていますね」と選んだのは、新たな息吹が吹き込まれた徳利だ。
「実際に体験した後では、金継ぎの器と出合ったときに『きっと多くの人の手を渡って届けられたんだな』って思いますし、私自身、大切なバトンをつないでもらった気持ちです。継承するということも含めて、今後、自分がどのように物事に向き合っていくべきかを考えるきっかけにもなりました」
こうした巧みな言語化能力と、対象物の背景にも思いを巡らす豊かな想像力が彼女の魅力だ。撮影中、夜の帳(とばり)の降りた温泉地を眺めて、「もし、この街に生まれていたら、どんな人生を歩んでいたのかな」と、ふと漏らす瞬間があった。予想外の妄想に笑いも起きたが、それも創作に寄与するのだと語る。
「役作りにおいて、この人はどんな部屋に住んで、靴下を脱ぐときはどちらの足からだろうとか(笑)、妄想を高めるんです。想像という行為がお芝居や歌でもすごく役立つし、想像力を広げるために旅にも出掛けます。自分の頭の中で何かを思い描くときの〝色〟を増やすという感覚かもしれません」
SNSではファンからのリプライに気軽に応えるなど、若者らしい無邪気さを備える一方、名画座や古書店に足繁く通い、ザ・キュアーや小沢健二のレコードを愛聴するなど、過去と現代を泳ぐように行き来する。それは、レトロという様式美や懐古趣味への憧憬ではなく、ルーツを見直すことと、前時代的な価値観のアップデートを両立しているようにも映る。
「自分の知らない時代に思いをはせることで、現代に立ち返ることができるし、過去には今につながる土台がある。それが昔の時代に引かれる理由かもしれません」
先述した北大路魯山人は、芸術表現において古(いにしえ)の意匠を採り入れる現代で言うサンプリング的な「本歌取り」の名手であった。過去に学び、伝統を鮮やかに更新した先人の感性は、時空を超えた〝時間旅行〟の果てに、上白石萌歌という表現者にも受け継がれている。
上白石萌歌(かみしらいし・もか)
2000年、鹿児島県生まれ。第7回「東宝シンデレラ」オーディション、グランプリ受賞をきっかけにデビュー。2018年、第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。公開中の映画『トリツカレ男』でヒロインの声を担当するほか、主演映画『ロマンティック・キラー』が12月12日(金)より公開。
ワンピース¥71,500/マメ クロゴウチ(マメ クロゴウチ オンラインストア www.mamekurogouchi.com)、右手人さし指のリング¥8,800、右手中指のリング¥9,900/ともにミリ(ミリ miri-mm.com)
Photograph: Satoru Tada(Rooster)
Styling: Ami Michihata
Hair & Make-up: Maiko Inomata(TRON)
Text: Tetsuya Sato