週末の過ごし方
石岡瑛子のデザインに
時代を超えて揺さぶられるのはなぜか
【センスの因数分解】
2026.07.02
“智に働けば角が立つ”と漱石先生は言うけれど、智や知がなければこの世は空虚。いま知っておきたいアレコレをちょっと知的に因数分解。
コロナパンデミックの制限下、個人的に最も多くの人を見たのは、東京都現代美術館で開催されていた『石岡瑛子展』でした。
資生堂やパルコの広告で一世を風靡(ふうび)したアートディレクター石岡瑛子のクリエイションは、国内にとどまりません。マイルス・デイビスやフランシス・F・コッポラなど巨匠と組み、北京オリンピックの衣装を手がけるなどジャンルも国境も超えて評価されるクリエイターです。会場は、グラフィックから舞台構成、映画の衣装などがところ狭しと並べられ、その圧倒的な仕事量と熱量が会場内で渦を巻いているようでした。
「実際熱が出たという人も多くいたようです」と、評伝『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』の著者である河尻亨一さんは言います。
「東京での展覧会は若い人の来場もとても多かったですが、瑛子さん自身も若い人と話すのが好きでした。そして何かを言葉で伝えたがっていた人だったと思います」
同時に今、人々も彼女を知りたいと願っているかのように、石岡瑛子の足跡をたどるような発信が続いています。河尻さんも参画し「2020年の東京展のスピンオフのような」と語る『石岡瑛子 Ⅰ デザイン』展が、北九州を皮切りに全国の美術館を巡回。また昨年は08年に日本で公開され、石岡瑛子がデザインを担当したターセム・シン監督作品『落下の王国』が4Kリマスター版として上映。視聴困難だった知る人ぞ知る映画は、ヒットを記録し全国ロードショーされています。
生前を知らない世代をはじめ、没後10年以上たっても多くの人を刺激する石岡瑛子。彼女の仕事にはどんな秘密が隠されているのでしょうか。
「石岡瑛子という人を分析するのは、実はとても難しいんです。日本で活躍した頃のグラフィックの世界に始まり、その後アメリカに渡り映画やオペラ、そしてオリンピックまで仕事内容は実に多岐にわたります。ですからひとつの肩書で表現することができない。これが世界的に評価が高いのに石岡瑛子を評するメディアが少ない理由のひとつだと思います」
グラフィックやファッション、インテリアなど、「デザイナー」と呼ばれる人はある特定のジャンルを手がけることがほとんどです。しかし石岡瑛子は、ジャンルを縦横無尽に行き来して、人が「熱を出す」ほどの衝撃を与えているのです。彼女の注目すべき共通点を河尻さんはこう指摘します。
「ジャンルを越境していましたが、どれもクライアントワークだというのは、最大の特徴と言っていいかもしれません。強烈なデザインをいくつも放っていますが、それらは自発的であるアート作品としてではなく、クライアントの依頼を受けて生まれているのです」
世の中に強烈なインパクトを与えるデザインは、すべてクライアントに応えるかたちで生まれていたのです。考えてみれば、世の中のクリエイティブは自分の想像を形にするアーティストではなく、依頼や発注されるケースで生まれることのほうが多いはず。クライアントワークでありながら、個性と創造性が炸裂した作品を世に放つ……そんな姿勢に、人はアーティスト発信では得られないメッセージを受け取ったのではないでしょうか。石岡瑛子の作品の熱量に潜む、制約ありきのなかにある自由な創造性に憧れを抱くのかもしれません。東京の展覧会演出だった彼女の言葉をひとつ紹介します。“大衆とはなにを喜ぶかとか、そういういう入り口は絶対入らない。私はどうつくっていきたいかという入り口から入るわけです”。
この言葉からも、依頼主がいながら自在に己のデザインを全うした姿勢が見えます。河尻さんは、石岡瑛子に琳派の源流を築いた人物との共通点を見いだします。
「ジャンルレスであるということだけでなく、すべてがクライアントワークで想像豊かな作品を生んできたという意味で、彼女は俵屋宗達と共通するように私は思っています。彼もまた豪商や寺社などというクライアントの依頼を受けて仕事をしています。ですから私は瑛子さんにいちばん近いのは、俵屋宗達だと思っているんです」
グラミー賞もオスカーも受賞し、死後10年以上たっても発熱源となる石岡瑛子。もしかしたら500年後には宗達のように、日本の美術の最重要人物となっているかもしれない。それを夢見る人は少なくないはずです。