旅と暮らし
暮らしに添う、滋賀のモノづくり。その1
2017.10.03
水辺の暮らしで育まれた知恵。
「近江というこのあわあわとした国名を口ずさむだけで、もう私には、詩がはじまっているほど、この国がすきである」。作家・司馬遼太郎の計43冊にもおよぶ紀行集『街道をゆく』は、この一節から始まる。
日本のほぼ真ん中。満々と水をたたえる琵琶湖を取り囲むように、多くの作家たちを魅了した里山の風景がいまも残る。いにしえより滋賀県エリアは、湖を中心とし、「湖北・湖南・湖西・湖東」というそれぞれの地域のなかで、さまざまな文化や産業を育んできた。日本の原風景のような棚田、刻々と色を変える山並みと湖面の美しさ。豊かな資源に恵まれたこの土地には、やがて暮らしに添うモノづくりが生まれ、水や山や土と共に生きるための、知恵と工夫が織り込まれていった。
山と湖が支えた滋賀の歴史と文化。
例えば、布。湖北の伝統産業だった浜ちりめんや、初めて国産化に成功した帆布、ビロードのほかレーヨンといった化学繊維など、滋賀には多くの繊維産業が発展した歴史がある。養蚕や製糸業が盛んだったことに加え、繊維づくりには、織り上がった布から汚れや不純物を洗い落とす大量の水が必要だったため、優良な軟水が豊富に得られる琵琶湖周辺にたくさんの繊維工場が集まったのだ。
さらに、土。日本六古窯のひとつに数えられる焼きものの産地・信楽(しがらき)。ここはおよそ400万年前、琵琶湖の湖底だったといわれている。古琵琶湖層から採れる良質の陶土は火に強く、温かみのある独特な色を生み出す。その素朴さが「わびさび」の美意識にも通ずることから、信楽焼は生活道具の枠を超え、千利休ら多くの茶人に美術品として愛されるようになった。
守り、つなげ、広がるモノづくり。
そして、食。日常的に淡水魚を食べることもまた、琵琶湖を中心に暮らすこの土地ならではの文化だ。なかでも、寿司のルーツといわれる「鮒(ふな)ずし」は、1000年以上も前から滋賀に伝わる郷土食。米と塩だけで貴重なタンパク源を貯蔵する、先人の知恵が結集した日本最古の保存食であり、多くの料理家や美食家、研究者たちが注目する、発酵食の原点でもある。
こうして、滋賀という土地には、豊かな水の恩恵を受けながら暮らす人々の営みが今も脈々と続いている。そのなかで受け継がれてきた知恵や技術を、また新たな視点で次へとつなぐ人々の手。丁寧でささやかな暮らしに根付く、滋賀のモノづくりを紹介します。
Text:Asako Saimura