紳士の雑学

ラクスル株式会社 代表取締役
松本恭攝インタビュー[前編]

2017.10.30

8年前、松本恭攝(やすかね)氏がスタートさせたラクスル。ソーシャルメディアを介し設備を共有するシェアリングエコノミーで印刷や物流の常識を変えつつある同社は先ごろヤマトHDとの資本提携を発表。産業の仕組みを変えて新しいインフラを作りたい、と語る氏に同社のいまを語ってもらった。

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目指すべきゴールは社会にとって“なくては困る会社”

一昨年に移転したオフィスは空中庭園を模したレイアウトで地上から天井まで12メートルほど。その天井高は代表である松本自身のリクエストだ。解放感あふれる会社の事業が印刷と物流──旧態依然とした業界の代表的イメージ──というギャップには感じ入るものがある。古い産業を変革する、それが起業の根本にあった。
 
ラクスルは自社で印刷機もトラックももたない。例えば、印刷ならば受付はネット経由。全国の印刷会社と提携し、印刷機の空き時間を利用することで高品質・低価格を実現している。いわゆるシェアリングエコノミーだが同社は買いたい人と売りたい人とをただ結び付けるだけではない。印刷会社にも得手不得手があることからどの会社がどんな印刷機をもっているかの情報をデータベース化、カスタマーに最適な会社を選択する。ホームページには名刺やフライヤー、Tシャツなどのほか変わったところではマスクや防水リストバンド印刷までが並んでいる。

さて、始まりは2009年、資本金200万円からのスタートだった。年月を経るごとにその桁は大きくなり昨年8月には79億円に増資。ネット印刷サービス『ラクスル』のユーザー会員数は45万を超えた。絶好調の要因を創業者で代表の松本恭攝自身に分析してもらうと「人の運、時の運、場所の運」との答えが返ってくる。「一番に挙げられるのは仲間にも取引先の会社にも恵まれていたということ。2つ目はタイミングですね。企業がネット経由で物販購入するB to Bの流れに乗れたこと、そして、09年に会社を始めたこともいま思えばよかったのかもしれません。その年はリーマンショックの翌年で日本経済が低迷していた時期。会社を立ち上げた人はほとんどいませんでした。足腰の強い、地に足のついた会社になれた気がしますね。3つ目ですが、印刷や物流業界にインターネットがほぼ参入していなかったこと。競合他社がいないという、場所の運はすごくありますね。そうして、これらの運がついてきたのもラクスルのビジョンありきだったと思っています」

『仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる』。それは起業1日目、松本が会社概要に書きつけたフレーズだった。

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「かつて誰もできていない」 そう聞くとワクワクする

松本がラクスルを起業したのは24歳のころ。新卒で入った外資系コンサルタント時代、経費削減プロジェクトに携わるうち印刷業界の効率の悪さを知る。当時、印刷会社は全国におよそ3万、市場規模は6兆円ほど。しかし、市場のシエアの半分を大手2社が独占し、残りを中小企業が奪い合っているような状況だった。印刷機の稼働率は平均40%ほどと極めて効率が悪い。ネットの普及も遅れている。逆にいえば変革のチャンスがあるかもしれない──。松本はそう考えた。

「起業すると決めたとき……、反応としては誰も理解できないというか(笑)。申しあげたように経済環境も良くない時期でしたし。ただ、僕としては24歳という年齢にも後押しされたこともあったんですね。仮に失敗してもやり直しの利く年齢だと」

立ち上げは自宅兼事務所、松本と週末に手伝ってくれた数名のメンバーからなる。この時期に松本は印刷会社50社ほどにヒアリングした。たびたび耳にしたのは「ネットサービスの話って前もありましたけど続かなかったみたいですよ」「難しいんじゃないかなぁ」の声。「そう聞くと逆にワクワクしましたけどね。まだ誰もできていないことなんだって。僕自身、ITに詳しいわけではなかったのですが『だから無理だ』とか『難しい』とかそういう軸で考えたことはないんですよ。大事なのは面白そうかどうか。週7日、当時は一日17時間くらい仕事していた日もありましたが、すごく楽しかった記憶があります」

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10年4月、印刷会社の価格比較サイト「印刷比較.com」をスタートした。累計PVは順調に伸び、その年のうちに100万を突破。やがて印刷メディアでは最大手を誇るようになる。だが、松本はここで事業の軸を転換しEコマースへと舵を切る。比較サイトの閉鎖を決めたのだ。

「印刷の質がイマイチだとかお金が振り込まれないとかPVが伸びるほどにトラブルも発生するようになっていったんです。比較サイトはあくまで印刷会社とお客さんを結び付ける場。僕らが個々の会社の中身まで把握することはできなかった。提供するならサービスまで責任をもちたいという判断ですね。現在は仮に100社からの申し出があっても実際にお取り引きできるのは5社から10社ほどです」

12年11月、資本金を2億5000万円に増資。サイト名は「ラクスル」に改め、社員も徐々に増えはじめた。だが、振り返るとこの時期がつらかった。松本はそれまで部下をもったことがなかった。リーダーとしてどうチームを率いていけばいいのかがわからない。さらに思うような実績も出せなかった。頑張っているのにお客さんに認めてもらえない。投資家との約束が果たせない。事業計画と現実とのギャップが埋まらない──。「それが半年、1年と続くと誰だってきつくなりますよね。リーダーなら個人の状況を見極めつつ成長の目標を設定すべきだったんですけど、当時の僕にはそれができませんでした。自分と同じ目線を求め、その結果、人が辞めてしまうこともあったんですね」

<後編へつづきます>

プロフィル
松本恭攝(まつもと・やすかね)
1984年富山県生まれ。親類縁者がすべて公務員という環境に育つ。2008年に慶應義塾大学商学部を卒業し、コンサルティング会社のA.T.カーニーに入社。M&Aや新規事業、コスト削減プロジェクトなどに携わる。その過程で印刷業界の非効率さ、コスト削減効果の高さに気づき、09年にラクスル株式会社を設立。同社代表取締役。「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」をビジョンに巨大な既存産業にインターネットを持ち込み、産業構造の変革を行う。家族は妻と一男一女。プライベートでは息子と娘と遊ぶのが大好きなパパで保育園に送る朝のひとときを楽しみにしている。週末の子連れイベントは水族館がブームで取材の前週は八景島シーパラダイスに足を運んだという。

Photograph:Kentaro Kase
Text:Mariko Terashima
Styling:Yohei Katano
衣装協力: 麻布テーラー

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