紳士の雑学

芸術は爆発で、とんかつは学術だ!
話題の「とんかつ学術会議」に出席してみたら……
[センスの因数分解]

2017.11.07

写真・図版 田中敏恵

とんかつといって、頭に浮かぶのは小津安二郎の『秋刀魚の味』で座敷に座ってビールと一緒に食べているシーンだったり、水島新司の『野球狂の詩 北の狼 南の虎』で血のつながらない息子のために任侠者の父が手作りするシーンだったりと、その連想自体がセピア色に染まっていた。けれどここ最近になって「とんかつが熱い」という声をそこかしこで聞く。最初は「なぜいま?」と思ったのが、どうしてどうして。シンプルゆえに奥深い世界は、語るに足るものをもっていたのだ。

突然ですが、「とんかつ学術会議」を知っていますか? 料理評論家の山本益博さん、タベアルキストのマッキー牧元さん、グルメアナリストの河田 剛さんの3人が出版した『東京とんかつ会議』の出版記念を発端にして生まれた、とんかつを食べ“学術的に”語る会で、第1回は高田馬場の『成蔵』で開催されました。とある秋の日、ご縁あってその第2回に参加してきました。場所は『目白 旬香亭』。赤坂にあった洋食の名店『旬香亭』のスピリットを受け継ぎ誕生した店です。

「学術」と謳(うた)うからには、考察すべき事柄があるわけで、今回は「とんかつ専門店と洋食店のとんかつの違い」がテーマとなっています。振る舞われるのは、『目白 旬香亭』と、専門店の神田小川町の『ポンチ軒』のとんかつ。まずポンチ軒のヒレ一本まるごとのかつ、そのあと肉だけでなく、油もパン粉も一緒の両店のロースが交互に、最後には通常メニューにはないという目白 旬香亭のかつカレーサンドというラインナップになっており、まわりを見回すと、おなかをすかせた40人近い参加者は未知の体験を待ちきれない様子です。隣にいた第1回にも参加した男性は、「前回の成蔵のとんかつはじっくり長い時間をかけて揚げられたかつでした。しかし長時間揚げるとどうしても衣が黒く焦げてしまうそうです。そこで店主が編み出したのが、衣になるパン粉の糖度を下げるという方法。こうすることで焦げることなく揚がるようになったそうですよ」と教えてくれました。調理時間と糖度の関係……。確かに学術の匂いが少しします。そんな話をしながら待っていると、立派なヒレカツがやって来ました。

写真・図版
これが目白 旬香亭の余熱で仕上げるしっとり熟成系とんかつ。

ワンブロックまるごとのヒレかつが、ドン!とテーブルに置かれ、4人ひと組の参加者はそれぞれ違う箇所を取り分けて味比べをします。とんかつの耳(?)ともいうべき端の香ばしいところと、やわらかくしなやかな中央部。同じヒレでも部位によって違う味わいを楽しむと、メインイベントというべき食べ比べへ。

写真・図版
ポンチ軒のヒレかつ一本まるごと。端と中央での味の違いを食べ比べ。

まず登場した目白 旬香亭のとんかつは、余熱で仕上げているのだろうか、火はしっかり通っているのだけれどしっとり。対するポンチ軒のほうは、もう少し勢いがあるような。言うなれば熟成とんかつと、とれたてとんかつという感じです。最後に出てきたかつカレーサンドは、いわゆる洋食店で味わうかつカレーの味とはまったく違うもの。サラっとしていてウスターソースを思わせるようなこしょうの利いたスパイシーさ。とんかつとひと口に言っても、実に多様なプレゼンテーションと味に、最後まで大いに楽しんだのでした。

写真・図版
通常メニューにはないという、目白 旬香亭の特製かつカレーサンド。サラッとスパイシーなカレーがパンに沁みていてそれも美味。

食後の解説で、目白 旬香亭のとんかつはやはり余熱仕上げ。一方ポンチ軒では、揚げている間の火加減を微妙に調節する調理法でした。調理の仕方は食感に通じていたのです。またかつカレーサンドのカレーは、スリランカカレーを採用したそうで、スパイスを乾煎りして香ばしさを出すというスリランカカレーの特徴が、ウスターソースと近いものを感じさせたようです。

このとんかつ学術会議において再確認したのは、とんかつは調理次第でいろいろな顔をみせてくれるということだけではありません。この「違う」という楽しみを発見するには、当たり前という思考停止を遠ざけなければいけないということでした。

主催者のひとりである山本益博さんは、こう言いました。「とんかつというと、すぐにソースをドバっとかけてしまう人がいますが、それではかつの繊細な味わいはわからなくなってしまいます。とんかつだからソースだろうの前に、どう味わうのがいいかひとつ考えることが大切です」と。今回はまずは何もつけないで、そのあと塩をつけて、終わりのころにソースをつけたり、ソースのついたキャベツと一緒にとんかつを味わいました。そうすることで、部位や調理法の他に調味料による味の変化もわかりました。素材の味、調理による違い、そういう食べ比べには豚肉にパン粉の衣をつけて食べるというシンプルなとんかつは実に適している料理といえると思います。しかも大衆的だから存在も味にも親しみもある。なるほど、とんかつは「学術」する料理としてふさわしい理由があるのでした。

たらふくになったおなかと一緒に秋の風に吹かれながら、大人になってからの学術は実に多様であり、もしかしたらどんなことも当たり前から一歩引いてみることで、ユニークな学びの要素を見つけられるのかもしれないと思いました。今回写真が少ないのは、「撮る前に食べる」を信条にしているゆえ。ぜひ思考をフル回転させたあと、とんかつの熟成ととれたての違いを、両店で体験してみてください。

プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)がある。

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