紳士の雑学
モノから解放されたデジタルアートのあり方
チームラボ 猪子寿之インタビュー[前編]
2018.03.15
「実験と革新」をテーマに、デジタルとクリエイティブを融合させた作品を生み出し、世界中からオファーが殺到するアート集団「チームラボ」。ロンドンやニューヨーク、シンガポールなど海外での展覧会も大盛況となり、国内外から注目を浴びている。チームラボ代表の猪子寿之氏が考える「デジタルアート」とは、また組織のリーダーとして考えていることとは。
東京初、「チームラボ」の常設展示施設がこの夏に誕生。
チームラボは、プログラマーやエンジニア、数学者、建築家、デザイナー、アニメーター、絵師などさまざまなジャンルのスペシャリストで構成されている。広いフロアの一角では、エンジニアが作品の作動状況について実験・検証していたり、隅の仕切り内では整体師が社員の体をほぐしていたり。打ち合わせスペースには、チームラボの建築家が設計した椅子や机が並び、プロジェクトごとに各専門家が集結、デスクに敷かれたノートにメモを取りながら話し合いをしていた。空間全体がにぎわうなか、ひときわ通る声が聞こえてくる。代表の猪子寿之氏がプロジェクトメンバーにアイデアを出していた。
チームラボは、この夏、お台場に本格アートミュージアム「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: teamLab Borderless」を開業させる。30点以上の作品群が“Bordaless”に広大な空間を構成する東京初の常設展示施設。ここでは、ひとつの作品のなかにほかの作品が入り込んだり、鑑賞する人が作品の一部となったり、作品同士、作品と鑑賞者が互いに“境界なく”影響し合う。プロジェクトについて猪子氏に尋ねた。
「この展示では、1万平方メートルという広大な空間のなかに、ひとつひとつの独立した作品を陳列するのではなく、作品群によるひとつの世界を提示します。鑑賞者はそのなかに迷い込んでいくような感覚で、入り込み没入しながらその世界を“体感”していく。そのうちに自分と世界との境界線がなくなるような、そんな場所をつくりたかったんです。そもそも“境界”というのは、人間がつくったものですよね。物質によって境い目をつくったり、あるいは人間の概念によって、言葉を使って区切られたもの。本来は、宇宙と地球の境い目だって、都市と森の境い目だって、連続していて曖昧なはず。もっと言えば、境界という概念をつくっている人間の脳内だって、考え同士は統合したり分離したりしながら存在しているのだから、どこにも境界なんてないんだよね」
つくり手の思いや概念を“体験”に込める「チームラボ」のデジタルアート
これまでのアート作品は、作者の思いや概念を“物質に込めて表現”することだったけれど、デジタルアートはそこから解放されたと猪子氏。「例えば、デジタル以前の写真は、カメラマン個人の私的な視点を銀塩(ぎんえん)という物質に固定化してそれが1枚の作品となっているでしょう? でもデジタルは、物質に固定化しなくても存在できるようになった。デジタルアートというのは、物質からより解放されたアートであるとも言える。じゃあ物質から解放されたあと、つくり手の思いや概念は何に込められるかというと、来場者の“体験そのもの”に表現されていく可能性があると思うんです」
体験とは、脳だけでなく、身体丸ごとで感じること。チームラボのアートは、既存の価値観を覆すような体験自体が作品となっている。「人間は、本来固定されたものではないよね。身体は、細胞も臓器も各部位も絶えず動いているし、時間ももっている。モノから体験に直接込めていくことへ表現が変わるとき、アートそれ自体も人の身体と同じように、動きだし、時間軸をもち、他の作品と関係をもちはじめるのではないか。展示ではその世界観をつくりたいと思いました」
境界線はどこにもなく、すべてのものはボーダレスに関わり合う。「猪子さん、いつからそのような考え方をもっていたのですか」の質問には「いつから……それはずいぶんと境界のある考えですよね(笑)」と苦笑い。「明確にいつからとかではなく、少しずつそうなっていったのだと思います。でも僕は『体験によってのみ、人の価値観は変わる』ということを信じています。人の価値観を変えるような作品、その世界を体験できる場所をつくりたいんです」
Photograph:Shota Matsumoto
Text:Noriko Ooba
プロフィール
猪子寿之(いのこ・としゆき)
ウルトラテクノロジスト集団チームラボ代表。1977年、徳島市出身。2001年、東京大学工学部計数工学科卒業と同時にチームラボ創業。大学では確率・統計モデルを、大学院では自然言語処理とアートを研究。2017年、芸術選奨新人賞受賞。https://www.teamlab.art/jp/