旅と暮らし
レストラン『INUA』、世界が注目するシェフのビジョンとは
2018.06.28
デンマークの伝説的レストラン『noma』のヘッドシェフと、出版社KADOKAWAがパートナーシップを結び、東京・飯田橋にあるKADOKAWAの自社ビルにてレストラン『INUA』をオープンさせる。ユニークなタッグは日本のレストラン界にどんな変化をおよぼすだろうか。世界が注目するシェフがビジョンを語った。
nomaという世界一のレストランで、お互い腕を振るってきたレネ・レゼピnomaヘッドシェフと、トーマス・フレベルINUAヘッドシェフ。レゼピ氏は記者会見でフレベル氏の印象を聞かれると「毎日同じ時間に起きて毎日鍛えてルーティンワークをこなしているという人物」と冗談めかして語っていた。ならば「内側の衝動からすべてを決める」と評する自身とは好対照のようだが、記者会見後のポートレート撮影では合間にこやかに談笑。同じ釜の飯ならぬ同じキッチンで切磋琢磨(せっさたくま)したふたりは、まさに盟友なのだろう。
6月29日、ついにオープンをむかえるINUAだが、やはりnomaの名前が終始ついてまわるのは避けては通れないはず。しかし日本でスタートする新たなステージに対し「nomaはnomaだけであり、クローンを作ることはできない、INUAをリードするのはトーマス。彼の思い描くビジョンによってすべてが決まるんです」とレゼピ氏。「とはいってもトーマスはnomaでの豊富な経験をもっています。そのバックグラウンドがINUAに影響を与えないわけはなく、そういう意味ではnomaの遺伝子は受け継がれると思っています」と盟友の新たなステージへの思いを語る。
対するフレベル氏はどうだろう。「INUAは“Feel almost like home(我が家のように感じる)”場所にしたいと思っています。私自身がかしこまった場所へ行くのが苦手で、スーツのようなフォーマルな服はほとんどもっていないんですよ。訪れる人たちがリラックスした気分でINUAを楽しんでもらえたら」と言う。レストランのスタッフは、総勢約40名。うち20人強がキッチン担当でキッチンフロア合わせても34歳のフレベル氏が最年長という若々しさである。レゼピ氏とフレベル氏の関係のように、フレンドリーでゲストがリラックスできるサービスとなるのだろう。
また、フレベル氏はデンマークのデザイナーによるインテリアに「花びんや皿、カトラリー等は日本のクラフト(工芸)をふんだんに採用する」ビジョンがあるという。しかもその選定が非常にイマドキなのである。「INUAでは15人ほどの職人の作品を置く予定にしています。残念ながら私は日本語が読めないので、情報源はほとんどがSNS。インスタグラムをフォローして直接メッセージを送って依頼をするケースが多いですね」と言って、自身のiPhoneを見せてくれた。
気に入った作者をフォローしたのち、その人がフォローしている人たちからまた作家を見つけ、コメントをチェックし……。そんなフラットでイマドキなセレクションで展開するレストランが、世界中から注目されているというのも、非常に“時代”と言えるのではないだろうか。日本の食材を深く探求し生まれる料理、クラフトに彩られた我が家のようなくつろげる空間、そしてフレンドリーなサービス。意識していなくてもやはり、nomaの遺伝子はしっかりと受け継がれているのではないだろうか。食材の発掘、手仕事への再評価、気取らないサービス。実はこのような個性はいま、トップレストランの世界的トレンドにもなっているが、もちろん発信源はnomaである。そのレストランの影響ではなく遺伝子として……。ついに世界が注目するレストランの幕が開く。
Photograph:Ari Takagi
Text:Toshie Tanaka