旅と暮らし
デビューから13年が経ち、いまが最高の状態。
肯定の意志に満ちたソウルをビルボードライブで。
2018.08.23
盲目のシンガーソングライター、ラウル・ミドンがデビューして13年が経つ。その間にオリジナル・アルバムをコンスタントに5作出し、9月にはグラミーにノミネートされた『バッド・アス・アンド・ブラインド』からわずか1年でもう新しいアルバムが出る。来日公演の回数もかなり多く、そのためラウル=働き者という印象がある。音楽活動さえしていれば幸せな人なのだろう。
ブルーノートで公演することが多いが、今回は6年ぶりにビルボードライブ(東京と大阪)に登場。昨年4月のブルーノート公演はベースとドラムが入った自己バンドによるものだったが、今回はまたひとりのステージになるとアナウンスされている。
バンドでも魅了するし、リチャード・ボナとの共演ライブなんかも過去にあったりしたものだが、ラウルの基本となる演奏スタイルはやはり、ひとり。といっても、ギターはコードやメロディーを弾くだけでなくパーカッションのようにたたきもするし、マウストランペット(口を動かしてトランペットのような音を出すあれ)は得意中の得意だし、2014年のライブからは左手でギターをタッピングして右手でボンゴを叩きながら歌う技も見せるようになった。つまり、ひとりでステージに立っていてもバンド・メンバーが数人いるのと同じくらいの十分な膨らみや厚みや立体感が音にあるわけだ。
「ラウルが“音楽を奏でる”というよりは、“音楽そのものになる”。ラウル自身が楽器のようであり、彼が丸ごと音楽のよう」とは、以前ライブを観てブログに書いた感想だが、彼がやるのはまさにそのような多重演奏で、だからひとりであっても物足りなさなどまったく感じたことがない。
“リズム”の重要性と広がる音楽性
ラウル・ミドンの生まれはニューメキシコ州。4歳のときに他界した母親はアフリカ系アメリカ人で、父親はアルゼンチン人。早くに母親を亡くしたラウルの支えになったのは父親の持つアルゼンチンの楽器とその音楽だった。「それは僕の心に近い、大切なリズムなんだ」と、かつてインタビューしたときに話していて、2007年の2作目『世界の中の世界(原題:A World Within A World)』にはアルゼンチンのリズムを用いた曲が2曲収められてもいた。
5歳からパーカッションを始めたこともあって、彼の音楽はリズムが要だ。「ポップスでもソウルでも、別のルーツ、異なるリズムをミックスしたものが僕は好きだし、そういうものをやるほうが意味があると思うんだ。そういう点で僕はポール・サイモンを尊敬している」と、そんなふうにも話していた。
3作目『シンセシス』(2010年)では、ますますリズム・アプローチの幅を広げてボサノヴァやレゲエ、アフリカンなどもやり、4作目『ドント・ヘジテイド』(2014年)はラテンに寄ったアコースティック曲が多く収録されていた(父親の経営するレストランで毎晩フラメンコのショーが行われ、幼少期のラウルはそこでフラメンコを吸収。よってそういうタッチの曲も自然に生まれてくるそうだ)。ただ、このあたりの作品にはどこか内省的なムードもあり、迷っているとまでは言わないまでも、いま彼は心の旅をしている最中なのだなと感じたものだった。
そうした印象が、まるで霧が晴れるかのように吹き飛んだのが、2017年の5作目『バッド・アス・アンド・ブラインド』だ。4作目で前面に出ていたラテンの色はここにはなく、多くの曲のリズムはファンキーで、メロディーも親しみやすいものばかり。ジャジーなアレンジが光る曲もいくつかあったが、感触としてはこれまでで最も外に開かれた明るい作品に。
デビュー盤『ステイト・オブ・マインド』でラウルが登場したとき、“70年代のスティーヴィー・ワンダーを彷彿とさせる”と言われたりしたものだったが、ある意味でその感触が久々に戻ってきたところもあり、そういうポップで肯定の意志に満ちたニューソウルサウンドは米国でも高く評価された。グラミーで最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞にノミネートされたことは、ラウルにとっても大きな自信につながったに違いない。
いま、聴いておきたい理由
現在52歳で、まさに脂の乗った状態。9月にはこれまでの作品のなかからポジティブなメッセージを含んだ曲ばかりを選び、オランダの名門メトロポール・オーケストラとの共演で再録音した新作『イフ・ユー・リアリー・ウォント』もリリースされる。今回の来日公演では昨年の『バッド・アス・アンド・ブラインド』の曲に加え、新作『イフ・ユー・リアリー・ウォント』に収録された過去の名曲もきっと新しい解釈で聴かせてくれることだろう。そしてそれは、これまで以上に肯定的な意志に満ちあふれた力強いライブになるに違いない。
プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。ブログ「怒るくらいなら泣いてやる」でライブ日記を更新中。
公演情報
Raúl Midón
ラウル・ミドン
【東京公演】
公演日/2018年9月7日(金)
会場/Billboard Live TOKYO
料金/サービスエリア 8,900円 カジュアルエリア 7,900円
問/03-3405-1133
【大阪公演】
公演日/2018 年9 月10日(月)
会場/Billboard Live OSAKA
料金/サービスエリア 8,900 円 カジュアルエリア 7,900 円
問/06-6342-7722
その他詳細についてはオフィシャルウェブサイトにて
www.billboard-live.com