旅と暮らし

モネの家編:モネの庭園自体が、天才芸術家の作品だった!
ノルマンディー、ロマンチックが止まらない日記 第6回

2018.09.13

大石智子 大石智子

モネの家編:モネの庭園自体が、天才芸術家の作品だった!<br>ノルマンディー、ロマンチックが止まらない日記 第6回

<<第5回 セーヌ川の上に立つお屋敷ホテル編はこちらから

ノルマンディー最終日に訪れたのは、印象派の巨匠であるクロード・モネ(1840〜1926年)の家。モネが43歳から亡くなるまで過ごした場所であり、歴史に残る数々の名作が生み出された地です。

4月から10月末の間だけ一般公開されており、いまではノルマンディー地方きっての人気スポットに。特に、あの名作『睡蓮』のモデルとなった池が見られるとあって、世界中の旅人がモネの家があるジヴェルニーを目指します。

ジヴェルニーはパリから列車でほんの約45分。駅からモネの家までは約5km。タクシーまたは田舎道をのんびりレンタサイクルで行くのもおすすめですし、定期的に運行されているシャトルバスもあります。

モネの家に着くと、そこは民家というにはあまりにも広い庭園でした。

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道路を挟んで2つの大きな庭園がありますが、実は地下道でつながっているので道路を渡る必要はありません。

こちらがモネの家の全体図。大きな2つの庭園があり、図で記した庭1が睡蓮の咲く水の庭園、庭2が花の庭園になります。

モネが亡くなり家族も家を離れると、庭は雑草だらけの草地になりました。しかしその後、息子によって庭園と家が美術アカデミーに寄贈され、大規模な修復を経てクロード・モネ財団として1980年に開館。

開館までの道のりは簡単ではなく、なぜなら庭園を完全に再現するために参照するものがなかったから。そのため修復チームはモネの植物の種の注文の記録や、庭の絵を細部まで忠実に再現し、タイムスリップしたかのようにモネの庭を作り上げたのです。細部までそのままではありませんが、庭に足を踏み入れた誰もが、モネの世界にどっぷり浸れるのは確かでしょう。

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モネの庭園を案内してくれた、クロードモネ財団のオンブリーヌ・ルメートルさん。まるで絵画に描かれていそうな美女!
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訪れたのは6月下旬。庭園には色とりどりの花が、まさに咲き乱れていました。こちらの庭には地理的な中心地や一大ポイントがあるわけではなく、ただおもむろに小径(こみち)や花壇の周りを歩きます。

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野バラにダリア、ナスタチウムetc.モネの庭に咲く花は絵の具のように鮮やかな色を放ちながらもどこかワイルド。無造作な感じもする配列が、絶妙な加減の色のミックスとなり、モネは絵を描くようにガーデニングに没頭したのではと想像せざるを得ません。

通常なら睡蓮の咲く池をまず見に行く人が多いですが、モネの家を先にご紹介。というのも、私自身、家の中を見て、初めてモネの実像をクリアに感じられて絵の見方も変わったから。

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モネはもともと最初の妻カミーユと2人の子ども、のちに妻となるアリスと元夫との間の6人の子どもといっしょにヴェトゥイユという地で暮らしていました。まだ売れる前でモネの家族も困窮していましたが、アリス一家も貧しく、ふたつの貧しい家族がひとつ屋根の下で助け合いながら暮らしていたのです。

アリスは病気になったカミーユの看病をしたり、家計のやりくりを器用にこなし、またモネの才能にほれ込んでいました。というのも、アリスの元夫一家はモネのパトロンでもあったので、モネの絵画をよくわかっていたのです。

不思議な共同生活が数年続いたのち、モネとアリスは結婚。ジヴェルニーの大きな家で8人の子どもといっしょに住みはじめて10年が経ったころでした。モネは血のつながりのない6人の子どもも実の子どもと同じように愛して、子どもたちに送る手紙には常に「キスを送るよ、おまえが大好きなんだ、おまえの年老いた父クロード・モネより」と文末に添えていたそうです。

美しい絵画の裏にそんなモネの人間味を感じる事情があったと知ると、家も庭園もよりリアルに見学できたのでした。

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当初はアトリエだった部屋。そのうちにモネが友人を招く自身の作品のギャラリーとなり、現在は複製画が掛かっている。家具のデザインやレイアウトは当時をそのまま再現。

キッチンに入ると、モネをいっそう身近に感じることができます。実はモネはかなりの美食家で、モネが愛した料理のレシピ本も出版されているほど。このキッチンでは専属の料理人が腕を振るい、大家族の胃袋を支えていました。銅製のさまざまな鍋やオーブンを見ると、まるでレストランのキッチンのようです。

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庭園ではハーブや野菜も育てられ、にわとりを飼って産みたての卵を使い、時には猟に出かけ、しとめた獲物は食べるのはもちろん絵画としても描かれています。食材へのこだわりが、現代の美食家の粋を超えている! 

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さらにモネのことを好きになってしまうのが、このダイニングルームで家族全員で食事をとることを大切にしていたということ。毎日12時半きっかりに着席。この時間が絶対だったために子どもたちは学校を早退することもあったとか。極端なお父さんだけれど、それぐらい徹底しているのが面白いです。

キッチンの青とダイニングルームの黄色はモネが徹底して選んだもので、ダイニングルームの黄色に関しては塗装業者に宛てた黄色のニュアンスを細かに記した明細書が残されています。

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庭を一望するモネの寝室。起きてすぐに光の加減を見られるように、カーテンを閉めずに寝ていたとか。また、モネは寝室には自身の絵を一枚も飾らず、ここにはセザンヌはじめ印象派絵画のそうそうたる作品が並んでいました。

そしてモネの家のハイライトともいえる、水の庭園へ。そこはまさしくモネの絵画の世界でした。

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6月末は緑が特に濃く茂り、睡蓮も咲いているシーズン。風がなく鏡のようになった池に睡蓮が浮かび、その周りにヤナギや花の影が映り幻想的です。

前述のガイドのオンブリーヌ・ルメートルさんが教えてくれたおすすめスポットは、モネの絵にも登場する有名な緑の橋の対岸。睡蓮を中心に庭師の小舟や鬱蒼(うっそう)と垂れるヤナギなどすべてが見えて、この水の庭園の迫力を実感できます。

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毎朝、モネは池のほとりに数時間とどまり、睡蓮の構想を練ったといいます。この池の睡蓮は絵に描くために植えられたものではなく、当初はモネ自身の純粋な楽しみのためのものでした。庭作りに夢中になり、睡蓮を丁寧に手入れした結果、素晴らしい水の庭園が出来上がり、ある日突然「自分の庭の魅力的な姿すべてが、目に見えたのだ」と、パレットを手にして取り憑(つ)かれたようにその後は睡蓮を描きつづけます。

そのことを聞きながら池の前に立つと、庭園そのものがモネの作品であると実感します。芸術的観点で庭園を仕上げて、つまりはモデルが突出して美しかったからこそ傑作が生まれた。カラー写真も動画もない時代、モネは庭園という作品の魅力を発信するかのように筆を執った。そして本当に、時代を超えて世界中にその風景が伝わっている。

圧倒的に美しい庭園を目の当たりにすると、モネの抑えきれない衝動をたやすく想像できます。遠い存在だった印象派の芸術が、ひとりの人間ドラマのように感じる瞬間です。ジヴェルニーのモネの家に行くことでのいちばんの収穫は、そんなところにあるような気がしたのでした。

モネの家を出たあとは、徒歩5分圏内にあるレストランと印象派美術館へ行くのがおすすめです。

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「Restaurant ancien Hotel Baudy」では、28.5ユーロのセットで前菜とメインディッシュ、デザートを楽しめます。フォアグラのテリーヌにステーキフリットやホロホロ鶏のコンフィなど、地元の人の気分になれるトラディショナルなフランスのビストロ料理がそろいます。ちなみにこのレストランのお庭もとてもステキ!
https://www.restaurantbaudy.com/restaurant-giverny

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「印象派美術館」ではシーズンごとの企画展に注目。日仏外交160周年を記念するこの夏は“ジャポニスム展/印象派”展が催され、11月4日までは新印象派で最も成功した画家と呼ばれるアンリ=エドモン・クロス(1856-1910)の企画展を行っています。
https://www.mdig.fr/fr/bo-wu-guan-kai-fang-shi-jian

ジヴェルニーを最後に、ノルマンディーの旅が終了。当初、「ノルマンディーはロマンチックだ」というテーマで始めたノルマンディー日記ですが、終わってみれば、ノルマンディーに生きた人々のドラマや美学を強く感じる旅となりました。

なぜこの地方から世界的な建築やアートが生まれたのか、心を揺さぶるさまざまな光景を前にすると、その理由を体感できたのでした。豊かな自然と太陽の光、人々のおおらかさや実直さがいまも胸に残ります。

できれば1週間くらい、のんびりノルマンディーを旅することをおすすめします。もし難しければパリから短期間ででも。大人の好奇心をくすぐる、いままで知らなかったフランスと出合えること間違いありませんよ。

取材協力/エールフランス航空
     ノルマンディー地方観光局
     フランス観光開発機構
     クロード・モネ財団

プロフィル
大石智子(おおいし・ともこ)
出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、年に10回は海外に渡航。タイ、スペイン、南米に行く頻度が高い。最近のお気に入りホテルはバルセロナの「COTTON HOUSE HOTEL」。Instagramでも海外情報を発信中。

Photograph:Ryoma Yagi

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