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ピッティは変わる。[前編]
2019 SS PITTI IMMAGINE UOMO 94

2018.09.26

ピッティは変わる。[前編]<br>2019 SS PITTI IMMAGINE UOMO 94

第94回“ピッティ・イマージネ・ウォモ”(以下ピッティ)が、6月12日から15日にかけてイタリアのフィレンツェで開催された。ピッティは、年2回開催される世界最大級のメンズファッションの国際見本市で、今回は1240ブランドが出展し、来年の春夏コレクションを発表した。海外からの出展ブランドも多く、全体の約45%を占める561ブランドに上り、インターナショナルなイベントであることを証明する。

一方、4日間の総来場数は3万人以上を記録し、このうちバイヤー数は1万9100人(海外バイヤーは8400人)を数え、活況なビジネスの場であることを示す。ちなみに日本人バイヤーの来場数は、トップのドイツに次ぐ2位。それだけ国内のファッション業界も熱い視線を注ぐのだ。

後編に続く>>

ブランドの歴史の転換期を成功に導いた世代交代

アエラスタイルマガジンでは、これまでピッティをさまざまな視点から現地レポートしてきた。そのなかで実感したのが、いまイタリアファッションを取り巻く環境が確実に変わりつつあるということだ。なかでも顕著なのが、ブランドの世代交代である。

ファミリービジネスを伝統とするイタリア産業において、ファッション業界もその例外ではない。そして80年代半ばのクラシコイタリアブームから、現在の世界的なイタリアファッションの隆盛をリードしてきた世代のトップが代替わりの時期を迎え、その次世代を担う後継者がいよいよ表舞台に現れてきた。その移行期にあることを感じるのだ。

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HERNO / CLAUDIO MARENZI クラウディオ・マレンツィ

そんな印象を抱きつつ、まず話を伺ったのがヘルノCEOのクラウディオ・マレンツィ氏だ。ヘルノは、伝統とモダニティの融合をコンセプトに、洗練されたラグジュアリースタイルに、革新的な多機能素材を用いたアウターウエアで知られる。

今年創業70周年を迎え、ピッティ会場近くの特設会場で“L.I.B.R.A.R.Y.”と名付けた大規模な回顧展を開催した。会場には貴重なアーカイブが展示され、70年の軌跡を振り返るとともに、研究開発のプロセスを再現し、未来に向けたビジョンを提案した。

「70周年は通過点に過ぎません。それは、会社であると同時に、私たちファミリーの歴史ですから。家族経営の会社というのは、長期的な視点に立てるのがアドバンテージです。成長は急激に進めるのではなく、段階を経て、急がずに積み重ねていくもの。展示からもそれが伝わると思います」

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マレンツィ氏は、創業者である父ジュゼッペ・マレンツィ氏の後を継ぎ、2007年にCEOに就任。それはブランドにとっても、大きな転換期だったと振り返る。

「ヘルノには3つのピリオドがあります。1948年の創業から90年代初頭にかけての成長期を経て、グランドメゾンの生産を手がけた発展期が続きます。そしてブランドの原点に回帰するため、2005年にOEM生産をやめ、自社ブランドに絞り込んだのです。それは大きな選択であり、そのために家族で長く話し合い、最終的に父は私を後継者に選びました」

この同時期、マレンツィ氏はクラシコイタリア協会の5代目会長に就任し、業界の改革でも頭角を現した。いわばヘルノだけでなく、イタリアファッションの代替わりをも担ったのである。

時代の移り変わりに対応し、ブランドも刷新が求められる。そのためにもファミリービジネスでは世代交代が不可欠だ。だがそれは決して簡単なことではないと、マレンツィ氏は言う。

「とてもデリケートな問題だと思います。うまくいくか、ブランドをダメにしてしまうか。ビジネスとしての成否だけでなく、一族を守らなければなりませんからね。そのプレッシャーのなか、リーダーシップを執れるだけの能力を有する後継者が家族にいないときは、特に難しいでしょう」

自身は、15歳のころから家業に触れ、23歳で入社し研鑽を積んだ。その積み重ねた人生が、ヘルノのいまに重なる。

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GRAN SASSO / CARLO DI STEFANO & GIANLUCA DI STEFANO カルロ・ディ・ステファノ(右)& ジャンルカ・ディ・ステファノ(左)

創業の志を受け継ぎ、さらに時代に応じて強化する

世代交代により、創業者の精神を受け継ぐだけでなく、そのビジョンをより明確化し、ブランドを強化するケースもある。イタリア屈指のスケールを誇るニットブランド、グランサッソもそのひとつ。1952年にイタリア中部アブルッツォ州で4人の兄弟が設立し、家族経営は現在3代にわたる。第2世代であり、デザイナーのカルロ・ディ・ステファノ氏は言う。

「引き継いだ当初、自分には何ができるかについて熟考しました。そのうえで、今後も継続性のあるビジネスを続けるには、将来を見据え、時代に合わせた工場に変えていかなければならないと思いました。多くのブランドが海外に生産を移転するなか、メイド・イン・イタリーの品質とオリジナリティーを維持するためにも、地元にとどまることを選んだのです」

環境保全にも配慮された最新鋭の工場では、素材から製品まで一貫製造する体制を備え、いまや生産の6割を輸出が占める。その輸出を担当する、カルロ・ディ・ステファノ氏の親戚で第3世代のジャンルカ・ディ・ステファノ氏は言う。

「まさにメイド・イン・アブルッツォであり、そこに海外の顧客も価値を見いだし、認めてくれるのだと思います。また地域に根づくことで、安定した雇用と伝統的な技術を継承できます。3代にわたって働く従業員もいるんですよ。家族経営ではこうした事業に関わる人すべての関係性も重要です。それも含めて家族なのですから」

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グランサッソのファミリービジネスの特徴は、一人が経営者として仕切るというよりも、一族のそれぞれが専門をもち、経営に参加することにある。世代の幅も広く、4人の創業者のうち、3人は現役で、80歳を越えたいまも毎日出社するという。

「私たちは経営権をもっていても、各人の役割があり、お互いにリスペクトし、重要な案件は全員で決定しています。誰か一人が決めるわけではありません。それは鎖のようなもので、同じ輪がつながっているのです」とカルロ氏。「それぞれがブランドを背負っているのです」とジャンルカ・ディ・ステファノ氏が言葉を続けた。

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BARBA / ANTONIO BARBA & RAFFAELE BARBA アントニオ・バルバ(右)&ラファエレ・バルバ(左)

若き後継者が目指すのは現代のサルトリア

名のある名門ブランドも新しい世代が加わることで、さらに新鮮味を増す。特に最近ではSNSを中心にした情報発信や新たなファン層の獲得など、若い世代の感性は欠かせないだろう。

バルバは、1964年にナポリでアントニオ・バルバが創業したシャツブランドだ。やがて息子であるラファエレとマリオのバルバ兄弟に世代交代後、さらに前身となったラファエレ・バルバを経て、26年前に現在のトータルブランドへと成長を遂げた。その次代を担うのがアントニオ・バルバ氏だ。5年前に家業に就き、父ラファエレ氏の下、ブランドに新風を吹き込む。

「10歳のころからピッティには連れて来られましたし、家業を継ぐ意思はありました。入社後はシャツの採寸や縫製を本格的に学びました。今後は、父が築き上げた顧客や取引先、従業員との関係をより強固にするとともに、現在のブランドの認知やサルトリアルの伝統、価値も維持しなくてはなりません。簡単ではありませんが、時間をかけて進めたいと思います」

自分が新たに始めたいことは、よりコンテンポラリーにいまの時代に合わせていくことだと語る。「現代のサルトリアルとは何かを打ち出したいですね。Eコマースは1年前から立ち上げました。父は反対しましたけれどね(笑)。これも伝統にモダニティーを加えたかったのです」と気負いはない。

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いままでブランドにはなかったようなドローコード付きのパンツなども手がけ、ブランドの世界観を広げるとともに、これまでバルバとはあまり接点のなかった世代にも認知を広めている。

「夢は旗艦店を増やすこと。現在のローマとミラノに加え、ロンドン、ニューヨーク、東京に作りたいですね」と意欲をのぞかせた。

次世代を担う後継者たちは、幼いころから家業であるモノづくりを目の当たりにし、そのうえでファイナンスやマーケティング、流通など専門分野をビジネススクールで学ぶ者も少なくない。そして視点は、グローバルなマーケットを見据える。だがそれでもファミリービジネスを崩すことなく、短期的な収益以上に、ブランドの永続性を重視する。それは一族の発展と同義だからだ。そのなかで自分たちのオリジナリティーを見極め、さらに磨きをかける。それがブランドをより魅力的に進化させ、イタリアンファッションをより強く、楽しくさせるのだ。

後編に続く>>

Photograph:Mitsuya T-Max Sada
Text:Mitsuru Shibata
Coordinate:Shiho Sakai

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