旅と暮らし

痛みをさらした歌を希望に変える若き女性歌手が、
初登場のビルボードライブで見せる親密なライブ

2018.12.27

内本順一 内本順一

痛みをさらした歌を希望に変える若き女性歌手が、<br>初登場のビルボードライブで見せる親密なライブ

2019年2月。ジュリアン・ベイカーがなんとビルボードライブ東京(および大阪)でライブを行う。2018年1月末に渋谷WWW(および心斎橋CONPASS)で行った初来日公演から1年ぶり。こんなに早くまたジュリアンの公演を観ることができるだけでもうれしいが、ビルボードライブのあの親密な空間で彼女の歌を味わえるのだから、なおさらたまらない。

自分は彼女の2ndアルバム『Turn Out The Lights』を2017年のベストアルバム5選のなかに入れるくらい気に入って繰り返し聴いたものだが、渋谷WWWの初来日公演を観て改めて破格のシンガーであることを思い知らされた。繊細なニュアンス表現から切実なシャウトまで、ライブにおいての歌唱は音源で聴く以上に生々しくてドラマチック。『Turn Out The Lights』に参加したバイオリンのカミーユ・フォークナーが数曲で加わりはしたが、多くの曲はジュリアンがピアノかギターで弾き語るもので、このように楽器音の要素を最低限に絞ることによって歌声そのものの強度が際立っていた。今回もまた、そういうライブを体感させてくれるだろう。

ジュリアン・ベイカーはアメリカのテネシー州メンフィス生まれの現在23歳。ハイスクール時代にパンクバンドのThe Star Killer(後にForristerと改名)を結成して歌とギターを担当。ミドルテネシー州立大学に進み、学生寮で孤独にさいなまれて書いた曲たちがソロの初作アルバム『Sprained Ankle』となってソングライターとしての才能に注目が集まることとなった。

敬虔(けいけん)なクリスチャンで同性愛者という複雑なアイデンティティーと、薬物依存や交通事故による瀕死の重傷といった壮絶な実体験を反映させたその初アルバムを録音したとき、まだ彼女は葛藤を抱えた18歳。しかしその作品が多くの人の心を打ち、共感を得た聴き手も多かったことから、彼女は強くなった。来日した際にインタビューしたのだが、彼女はこう言っていたものだ。

「自分の作る曲が誰かの希望のようなものになり得るんだと思えたのは大きかった。それが自信につながり、私は自分の声をケアするようにもなった。前作のときに吸っていた煙草も、もうやめたわ。自分のアートをもっと真剣に捉え、全身全霊で表現しなきゃダメだと思うようになったの。私の音楽を聴いてくれる人に対して、どうやったらお返しができるのか。そういうことも考えるようになった」

初作の『Sprained Ankle』はまだ手探りで作っている感じがあったが(その揺らぎがひとつの魅力だったのも事実だが)、2ndアルバム『Turn Out The Lights』は自分らしい表現の仕方を理解したうえで、確信をもって曲を完成させているという印象だった。

「そうね。弦楽器を弾いてもらったり、曲の構成に複雑さをもたせたり、歌詞に磨きをかけたりしながら、2ndアルバムを作っていった。派手な音だったり、キレイな音だったりをいろいろ付け加えて歌詞を表現する人はたくさんいるけど、私は逆。まず歌詞を磨けるだけ磨いて、伝えたいことを明確にしてから、それに合う最小限の音をけていく。自分の感情や物語を伝えるには、なるべくシンプルな音であるほうがいいと信じているので、そうしているの」

2作目は故郷メンフィスで、音響に拘って録音

2ndアルバム『Turn Out The Lights』はジュリアンの故郷メンフィスの歴史あるアーデント・スタジオでレコーディングされた。過去にはレッド・ツェッペリンやサム&デイヴ、忌野清志郎らも使用したスタジオだ。「新しいアルバムのためにメンフィスへ戻って来たことで、まさに一周したという感じがする。私はメンフィスという地をとても誇りに思っているし、この場所で出会った芸術的な才能にあふれる人々を自慢して見せたかったの」と彼女は公式にコメント。1stアルバムではラストの「Go Home」以外、南部の土地に対するこだわりは特に表れていなかったが、自身の葛藤だけでなく近しい人々の経験だったり、他者との関係性だったりも意識するようになったことから改めて故郷(Home)に気持ちが向かい、メンフィスに戻ろうと考えたのだろうか。そう聞くと、彼女はこう答えた。

「ニューヨークでもどこでもレコーディングできただろうけど、私は地元の街で作るという決断をした。それが自分にとっていちばん快適な環境だし、そういう時期だと思ったから。メンフィスはナッシュビルより小さい。外から目立たないので、そののなかでいろんなアーティストが頼り合ってシーンが成り立っているようなところがある。メンフィスからニューヨークやロスに移住する人はいても、ほかのところからメンフィスに移住してくる人はほとんどいない。だから音楽シーンも家族的で、ほかのシーンの人を差別したりしないの。あの人たちはパンクだから、あの人たちはR&Bだから、といったような壁がないのね。だから違うジャンルの人とのコラボレーション意識も高くて、そこがステキなところ。音楽や芸術全般のいいところは、決して競争なんかではなく、コラボレーションによって新しい何かが生まれることだと私は思っていて。だから私もいろんな人を巻き込んでいきたい。それにメンフィスの歴史って、やっぱりすごいのよ。それは大人になってから気づいたんだけど。ブルースやソウルだけじゃなくて、ロックでもパンクでもなんでも、そこにメンフィス特有の雰囲気が染み込んでいることを実感するの」

(※メンフィスはテネシー州の州都ナッシュビルを上回る州最大の都市ですが、ここでは彼女の発言内容を尊重し、そのまま記載しています)

『Turn Out The Lights』はまた、音響面にも彼女のこだわりがしっかり表れた傑作だった。聴けば、ジュリアンがすぐそばで歌っているように感じられる。が、時々遠くに行ったようにも感じられる。つまりそこが閉じられた空間ではなく、広がりのあるように思えるのだ。ジュリアンが大学時代に音響録音科で学んでいたことが生かされているのだろうと自分は思った。

「そう、確かに私は音響を学んでいたので、今回はミキシングにもこだわった。ミキシングによって聴く人の音楽体験を変えられることを知っていたから。あなたの指摘はまさにそのとおりで、ボーカルを近くに感じたり遠くに感じたりするように作ってあるのだけど、それは歌詞の意味を際立たせるためにそうしたの。例えば強くて過激な言葉を伝えたいときは近くで歌っているように感じさせて、繊細な内容を伝えたいときは少し離れたところから聴こえるようにした。そういうことにもちゃんとこだわって作れたのは、よかったわ」

最近は、フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダカスという、やはりアメリカの若い女性シンガーソングライターの二人と一緒にボーイジーニアスというユニットを組んでEPをリリース。まさに「コラボレーションによって新しい何かが生まれる」という言葉を体現しながら前に進んでいるジュリアンだが、今回のビルボードライブ公演では新しい曲も聴けるのかどうか。バイオリンとギターのアイシャ・バーンズと共に演奏して歌う今回の公演はとにかく必見だ。

プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。ブログ「怒るくらいなら泣いてやる」でライブ日記を更新中。

Julien Baker
ジュリアン・ベイカー

【東京公演】
公演日/2019年2月9日(土)
    1st Stage Open 15:30 Start 16:30
    2nd Stage Open 18:30 Start 19:30
料金/サービスエリア 7000円 カジュアルエリア 6000円
問/03-3405-1133
所在地/東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガーデンテラス4階

【大阪公演】
公演日/2019年2月12日(火)
    1st Stage Open 17:30 Start 18:30
    2nd Stage Open 20:30 Start 21:30
料金/サービスエリア 6900円 カジュアルエリア 5900円
問/06-6342-7722
所在地/大阪府大阪市北区梅田2-2-22 ハービスPLAZA ENT 地下2階

その他詳細は下記より
http://billboard-live.com/

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