旅と暮らし

現代を生きる人々の物語を歌った傑作を携え、3年半ぶりに登場。
“21世紀のビリー・ホリデイ”と賞される「歌」に酔いしれたい三夜

2019.01.29

写真・図版 内本順一

写真・図版
photo by Yann Orhan

深刻にならざるを得ないことばかりが続く時世だ。不穏な空気に覆われ、物事を悪いほうにばかり捉えたり、憂鬱(ゆううつ)になったりして、気づけば眉間にしわを寄せて歩いていたりする。アメリカもヤバいし、日本もヤバいし、世界がヤバいし、地球がヤバい。いったいどうなってしまうんだろう……。

と、深刻になりすぎたところで埒(らち)が明かない。事態は確かに深刻だけれど、それを理解したうえで、太陽の光を十分に浴びながらいろんな人と話したり笑ったりして毎日を淡々と過ごしていきたいものだ。自分までもが深刻になりすぎないことが何より大事。そして音楽も、こういう時代だからこそ深刻すぎないものがいい。

マデリン・ペルーが昨年の夏の終わりごろに出した新作『アンセム』を聴きながら、そんなことを思った。『アンセム』はベスト盤を除いて8作目となるマデリンのアルバムで、彼女の自作曲がたっぷり聴ける作品としては久しぶりとなるもの(カバーは日本盤ボーナストラック含めて3曲で、あとの10曲は書き下ろし)。多彩な楽曲が収められ、明るいという言い方は正しくないのだが、全体的に風通しがいい。ジメっとしたところがなく、さばけている。ドライであることのステキさはマデリンという女性からよく感じられることだが、それがとりわけいい方向に表れたアルバムと言うこともできるだろう。

国内盤の解説によれば、『アンセム』は2016年のアメリカ合衆国大統領選挙のさなかに制作が進められたそうだ。そこでマデリンは「政治的な内容になりすぎないよう腐心した」とのこと。だが、歌詞を読めばいまの世界情勢と結びついていることは明らかで、このアルバムを作ることになった動機もそこにあることが読み取れる。現代社会に対して思うこと、言いたいことが彼女には(彼女にも)たくさんあり、それをどのように歌にして表現するか。そこに向き合って作られたのがこのアルバムなのだろう。

歌詞には例えばこのような一節がある。「仕事はなくなって、保険もダメ。クレジットカードも送られてこなくなったし、弁護士は刑務所の中」(「ダウン・オン・ミー」)。「ごちゃごちゃしたリハビリ・クリニックは楽しいところなんかじゃない/受付の人も看護師も皆こん棒と銃を持っている」(「パーティー・タイム」)。「そして国家もお金と銃があればそれで完成。そしてコカインと娼婦たちが何日もあればね。皆自分のことしか考えない」(「ザ・ブランニュー・ディール」)。

マデリンはそういうアメリカ社会のなかで生活している。けれども怒りや嘆きや悲しみの感情を露わにしてこうした曲を歌ってはいない。決してエモーショナルになりすぎない。力まない。そういう世界に生きていることを理解し、自分は、人は、どう生きるべきかを考えながら、しかしだからといって深刻になりすぎず、日々の暮らしを淡々と、でもちゃんと送ろうとしていることがわかるのだ。

もっと言うなら、そうやって冷静さを失わず、人生はステキなものだということも忘れることなく前を向いて日常を過ごしていこうとする、その覚悟みたいなものさえ見て取れる。「ウィ・マイト・アズ・ウェル・ダンス」という自作曲の歌詞はそれを端的に表している。この曲で彼女はこう歌っている。「いま物事が間違った方向に行っているのを 理解することは簡単。悲しい歌にふけるのは簡単。失われたものを嘆くことは簡単。でも私たちは前進していかなければならないと思うの」

熟達者たちと作り上げた風通しのよさと奥深さのある音

「この世界を生きる人々の様々なストーリーを歌う、心温まる13篇」。国内盤CDの帯にそう書かれた『アンセム』は、即ちマデリンのストーリーテラーとしての才も伝えてくるアルバムだが、それに加え、何より彼女自身が優れたミュージシャンたちと共に音楽そのものを楽しんでいる様子が感じ取れるのがいい。

解説によれば、彼女は早い段階からミュージシャンたちとスタジオに入り、一緒に曲を完成させていったのだそうだ。ちなみにそのメンバーは、ベースをはじめキーボード、パーカッション、ギターも演奏したラリー・クライン(かつてはジョニ・ミッチェルの公私にわたるパートナー。メロディ・ガルドー、ハービー・ハンコック、キャンディス・スプリングスの作品なども手掛けた名匠)、ギターのディーン・パークス(ボブ・ディラン、スティーリー・ダン、マイケル・ジャクソン、メロディ・ガルドーほか)、ギターのデヴィッド・ベアウォルド(デイヴィッド+デイヴィッドの一員としてデビュー。ジョニ・ミッチェル、リッキー・リー・ジョーンズほか)、ドラムスとパーカッションのブライアン・マクロード(レナード・コーエン、シェリル・クロウほか)、オルガンのピート・クズマ(リズ・ライト、キャンディス・スプリングスほか)、キーボードのパトリック・ウォーレン(トム・ウェイツ、ジョー・ヘンリーほか)という熟達者たち。

ゆえに豊かで、人肌感があって、奥行きも感じられる演奏であり、だからマデリンも悠々と自身のボーカルの持ち味を発揮している。プロデューサーが旧知のラリー・クラインであることも大きいのだろう。

ジャズとフォークとポップ、アメリカとフランスとを軽やかに行き来し、ハンク・ウィリアムスの魂を持った21世紀のビリー・ホリデイなどと形容されることもあるマデリンが、肩の力を抜きつつサバけた感じでフォーキー&ブルージーな曲を歌った含蓄のあるアルバム。ちなみにそのタイトルとなった曲「アンセム」は、これまでも何度か彼女が取り上げてきたレナード・コーエンのカバーで、民主主義の崩壊に警鐘を鳴らし、同時に疵(きず)ある我々人間ひとりひとりの生と光ある部分をたたえんとしている曲だ。

新たな代表作にもなりうるこの素晴らしいアルバムを携え、3月19日から3日間、マデリン・ペルーがブルーノート東京で公演を行う。同行するジャズ・ピアノのアンディ・エズリン(ニューヨーク・ヴォイセス、デヴィッド・サンボーンほか)、ギターのジョン・ヘリントン(スティーリー・ダン、ボス・スキャッグスほか)らからなるバンドと共に『アンセム』の世界をどう生で表現するのかがとにかく楽しみだし、昨年公開されて大きな話題になった映画『シェイプ・オブ・ウォーター』のなかでとても印象的に使われた「ラ・ジャヴァネーズ」(マデリンの2006年発表作『ハーフ・ザ・パーフェクト~幸せになる12の方法』収録)も、もしかすると歌ってくれるかもしれない。ちなみにマデリンがブルーノートに登場するのは3年半ぶり。待ち遠しい。

プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。Note(ノート) https://note.mu/junjunpaでライブ日記などを更新中。

公演情報
MADELEINE PEYROUX
マデリン・ペルー

公演日/2019年3月19日(火)、20日(水)、21日(木・祝)
会場/ ブルーノート東京
料金/ 8500円(税込)
その他詳細についてはこちら

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