紳士の雑学
ゆとり世代が切り開く、ファッションの懐かしい未来
[センスの因数分解]
2019.02.20
What you eat is what you are(何を食べたかがあなたの体をつくる)とよく言います。では、What you wear(何を着るか)はどうでしょう? 食事と同様、着るものだって紛れもなくあなたという個人を表すものではないでしょうか。
『10YC』というファッション・レーベルを知ったのは、ネットで代表のインタビューを読んだのがきっかけでした。1991年生まれ、弱冠28歳の下田将太代表はもともと大手アパレル企業勤務。そこでの同僚や友人と3人で立ち上げたのが『10YC』で、資材から製造、流通に利益まで、すべてを公式サイト上でつまびらかにしています。扱うアイテムも実にシンプル。Tシャツ、スウェット、フーディ、シャツ、ニットとトートバッグ、それに最近ロングTシャツが加わり全部で7種、どれもデザインはひと型のみです。彼らが焦点を当てたのは、見た目のバリエーションではなく、いかに着る人の気分をよくするか、飽きさせないか。10YC=10 Years Clothingというブランド名そのままに、10年付き合えるアイテムを信条にしています。
「前職の会社は、アジアの生産工場に依頼して大量生産するファッションをOEMで行っていました。そのとき、友人から“1万円のTシャツがすぐにヨレヨレになったんだけど、お前の業界ってなにやっているの?”と言われ、当時の服づくりに対して疑問を抱くようになったんです。そして休暇を利用し、同僚と一緒に日本各地の洋服の生産の現場を訪れました。友人の言葉と、旅先で目にしたの衣服づくりに対する情熱や技が、『10YC』をスタートさせるきっかけになっています」
はじめに着手したのが、まさによれよれにならないTシャツ。その旅で知り合った和歌山の製造工場に依頼し満足なものができたところで、クラウドファンディングを利用し販売。2017年11月にECサイトをアップします。現サイトは2018年10月にリニューアルしたものですが、そこにあるアイテムはすべてメイド・イン・ジャパン。“やみつきになるTシャツ”“着るのが楽しいスウェット”などといった、着たときの感情をストレートにうたった言葉が大きく打ち出されています。自分たちで見つけた紡績、編み、縫製、染色などの生産者。きっと語りたくなる思い入れも多いはず。しかし『10YC』では、ディテールのうんちくではなく、着る者の感情をまず優先しているのです。
「コンセプトは、着る人も作る人も豊かに。ダイレクトに生産者とつながっていますが、それと同時に消費者ともつながっていたいと思っています。かつてアパレル企業に勤めていたときは、コストを削減するかばかりに注力していて、ユーザーのことを考えいないモノづくりをしていたと思います。またアジアの工場へ生産を発注していたこともあり、顔の見えたやり取りとは言えなかった。けれどいまは、モノづくりへの思いが強い生産者たちときちんとコミュニケーションを取りながら進めています。また生産上のリスクをあらかじめ伝えてくれたりと、それが服づくりの効率アップにもなっているんです」と下田さん。
『10YC』の服づくりは、毎シーズン膨大に生み出される“トレンドアイテム”づくりとは逆行しています。しかしかつて服は、このようなスタイルで生まれていたのです。20代が立ち上げた若きブランドは、クラウドファンディングやECサイトなど、自分たちに合ったやり方で、古くから続くファッションのあり方を復活させています。その原点にあるのが、生産者も消費者も豊かになる、という思い。誰かを搾取しない、何かを無駄にしない。書いてしまうと至極当たり前のことが新鮮に感じるのは、世の中が矛盾にあふれ、それを黙認しているからだ、と言っては大げさでしょうか……。
『10YC』の存在を知ったとき、代表の下田さんには墨田区にある彼らのオフィス兼ショールームで会いたいと伝えました。どうしても彼らの手がけた服を着てみたかったからです。トライしてみたフーディやTシャツは非常に着心地がよく、襟や袖など細部にも情熱を注いでいるのが(マニアでないのに)わかりました。デザインはプレーンなのに、着る人の感情を確かに動かせるアイテムでした。
いろいろと手に入れたかったのに、「サイズがない」や「色がない」の返事が多く、結局購入できたのは白いTシャツのみ。残念でしたが、ここにも過剰在庫を抱えることでの不幸や矛盾をなくしたいというブランドの思いと合致した姿勢を感じました。また『10YC』では、長く着てもらえるようにと染色加工サービス(有料)をしているそうで、「黒やネイビーに染めてまた着ては」と提案してもらい、白を2枚購入することにしました。
What you eat is what you are.とよく言いますが、What you wearもまた個人を表すはず。これからやって来るシーズン、私はきっと『10YC』のTシャツで着心地のよさと健常という頼もしさを実感すると思います。そしてその向こうに、20代の若者と日本全国の生産者の思いも感じるでしょう。そんな気持ちにもまた、確かに豊かであり、その充実が自分を表してくれるのであれば、とてもすてきなことだと思うのです。そしてファッションの未来とは、トレンド分析のようなマスではなく、個人が抱く充実のようなプリミティブな感覚に鍵があるのではないかと思っています。
プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)がある。
http://ttanakatoshie.com/ ブログ:https://ameblo.jp/ttanakatoshie