紳士の雑学
成功者たちは、なぜ女性テーラーを訪ねるのか?
─勝 友美が作るヴィクトリースーツの秘密─[後編]
2019.04.08
1000名以上ものエグゼクティブが支持するその魔法のようなスーツ。作るのは勝 友美。紳士服業界では珍しい女性テーラーだ。彼女の名字をもじったのか、いつしかそのスーツは「ヴィクトリースーツ」と呼ばれるようになった。
テーラーの高い技術を伝えられる販売員に
短大卒業後、就職したアパレルメーカーでは大手百貨店に配属。店に立った初日にトップセールスを達成すると、入社1カ月で副店長に抜擢(ばってき)された。
「私、お店に来た人が、何が欲しいかすぐわかっちゃうんです。だからパンツを探している人には、そのパンツに似合うトップスを持って行ってさしあげたり。次から次へ提案できるから、売り上げが上がるのは当然だったんです」
その後、海外のファッションポータルサイトの立ち上げに参画。そして、その次の転職はレディースアパレルではなく、国内の高級紳士服メーカーだった。多くの有名ブランドのOEMを手がけるファクトリーで、彼女は一から仕立て服のノウハウを学んだのである。
しかし熟練した職人たちと交わるうち、ふと浮かんだ「高度な職人技術を正しく売ることができる販売員がいない」という現実。
「こんなにカッコいい服が世の中にあるのに、着ている人がいないって不思議じゃないですか。職人さんたちはすごい技術を持っているのに生かせる場所が無い。誰もこのすごさを理解して服を売っていないんだって。それなら、自分がやるしかないですよね」
店はすぐに予約が取れないほどの繁盛店に。ここではほとんどの客が「おまかせ」を依頼する。
「どんな服を作りたいかではなく、どんな人になりたいかをじっくり伺うんです。一般的なテーラーだと、いつどこで着るスーツなのか、次にどんなスーツをお持ちですかとか、お好きなシャツやネクタイの色柄は?とか聞くと思うんですけど、うちではそういう話は重要じゃないです」
営業成績で全国一になりたいという人に、なぜトップになりたいのかと深掘りすることで、その人の内面を探り出すという。地味な面持ちの税理士に、光沢感のある生地をすすめて成功しているイメージを付加したり。役者の夢を諦めきれずサラリーマンを辞めたいと話した若い客は、仕上がったスーツをまとって退職願を会社に出したという。彼女のスーツは、自己実現を後押しする。だから客は店に全幅の信頼を置く。
「お客さまが自分で生地バンチを見ることはあまりないですね。普段、お仕事でさまざまな選択を強いられているのに、テーラーに来てまで生地やディテールを選んでいただく必要はないでしょう。私たちがお話を聞き、イメージを作り、それに合った生地とデザインを提案させていただくんです」
シングルかダブルか、本切羽にするかしないか、ボタンの数など、詳細かつ膨大な選択肢を迫ることは、テーラーにとってお客さまのためかもしれないが、客側からすれば、よほどこだわりのある人以外は、大きな意味を持たない。それより、自分を確実にスタイルアップしてくれるスーツを一生懸命考えてくれることのほうが有り難い。
「着丈をあと1センチ長くするなら、ヒップをあと0・5センチ削りたいなーとか、そういうことばかり考えてます(笑)。スーツは、その人のためを思って考え抜いた結果。だから皆さん納得していただけているのだと思います」
服オタクのテーラーと客が「モテるスーツ」を考えたところで、マニアックなものしか仕上がらないでしょと彼女はほほ笑む。ここでは女性の視点で「このスーツならモテる」と明解だ。オーダーは客の好みを実現するものではなく、ミューズの見立てを受け入れること。それは従来のテーラーにとって革新的でもある。
ヴィクトリースーツが導く確実なる「成功」の2文字
不動産関係の会社に勤める佐藤芳宣さんは、昨春、取締役に昇進する際、勝さんにヴィクトリースーツをオーダーした。スタンダードなグレースーツだが、商談やパーティーなどビジネスの重要な席に着て行くという。
「このスーツは体形がよく見えるらしく、お会いした方からスタイルを褒められることが多くなりました。初対面の方に好印象を持っていただけるいいツールとなっているようです」
一昨年独立して映像制作の会社を設立した本橋亜土さんも、“おまかせ”でスーツを仕立てたひとり。実はミューズの動画制作を請け負った際、勝さんの人柄にほれ込んで一着依頼したという。
「出来上がったのは深いパープルのスーツ。最初は面食らいましたが、意外と自分に似合う。で、これを着て臨んだプレゼンで大手食品メーカーのCM制作が決まりました。最近は社員から、重要なプレゼンの日はヴィクトリースーツを着て来るように、とリクエストされるようになりました」
リアルな顧客の声を取材すると、全員一様にヴィクトリースーツの恩恵を受けていた。「勝さんは、仕事に対する情熱がすごいんです。我々も負けていられないという気にさせられる」と答えた人もいる。
彼女のうわさは海外にまでとどろいていて、ジャーミンストリートの老舗テーラーが日本の総代理店に指名してきたのもヴィクトリースーツのご利益だろうか。幸運を運んでくるのはスーツか、それとも勝利の女神か。ドラマでも映画でも構わないが、これだけは確実に言える。結果は至極雄弁だ。
<プロフィール>
勝 友美(かつ・ともみ)
兵庫県宝塚市生まれ。神戸松蔭女子学院大学短期大学部卒。2013年に高級オーダーメイドスーツを取り扱うミューズを立ち上げる。現在、店舗は大阪本店と六本店の2店舗。著書に『営業は「バカ正直」になればすべてうまくいく!』(SBクリエイティブ刊)がある。
Photograph: Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
Text: Yasuyuki Ikeda(04)
※アエラスタイルマガジンVol.42からの転載です