紳士の雑学
音楽業界を席巻するミレニアル世代にフォーカスする
[センスの因数分解]
2019.06.19
フェスと言えばもはや音楽イベントの範疇(はんちゅう)に収まらず、地方自治体の町おこしや環境をはじめとした社会問題へのメッセージを発信するなど、多様な役割を担う存在となりました。茨城県結城市で開催された『結いのおと』も、移住者へのPRを目的のひとつとしているといいます。この『結いのおと』、規模は小さいながらなかなかセンスのいいフェスで、存在を知ったのは2018年。元銭湯や酒蔵など、既存の施設を利用した会場をホッピングするというユニークさと、ラインアップがとても“ツボ”だったことが興味をそそり、昨年今年と参加しました。
昨年のお目当ては、WONKです。ファンク、ジャズ、ヒップホップなどのエッセンスを加えたソウルバンドで、2013年結成。2016年にファーストアルバム『Sphere』をリリースしています。色気のあるボーカルが歌う詞はすべて英語。『結いのおと』の一軒家レストランの広い庭で、最高に気持ちのいいパフォーマンスを展開していました。
WONKのように、20代後半のいわゆる「ゆとり=ミレニアル世代」の男性ミュージシャンが大豊作なのをご存じでしょうか。その筆頭ともいえるのは、やはりSuchmosでしょう。結成はWONKと同じ2013年。2015年のファーストアルバム『THE BAY 』で注目を集め、次のEP『LOVE & VICE』に収録された『STAY TUNE』がホンダのCMに抜擢されブレイクし、その後の快進撃につながったのは、ご存じのとおりです。
そのほかにもラッパーのRyofuやシンガーSIRUP(ちなみに彼は今年の『結いのおと』の目玉でした)など、世界中のどこのライブハウスやフェスで聴いても違和感なさそうな、いやそれどころかとってもかっこいいな、と思うミュージシャンが音楽の世界で注目を集めているのです。
特にSIRUPは、トップランナー的存在のSuchmosからバトンを渡された形でホンダCMに『Do Well』が採用され、5月29日にファーストアルバムがリリースされたばかりといま最も注目したいアーティスト。すでにライブチケットが超入手困難で、夏のフェスシーズンの台風の目玉ではないかと個人的に思っています。
彼らミレニアル世代のミュージシャン、実はいくつかの共通項があります。
まず、ミュージシャン同士が仲がいい。「当時は、なかなかミュージシャン同士仲よくなることが難しかった」と、音楽全盛期だった90年代デビューの方から聞いたことがあります。志が同じである相手はライバルとして意識して、なかなか仲よくというわけにはいかなかったと。しかしいま注目のアーティストたちは、事務所も当人たちも異口同音に「同世代は仲がいい」と話します。ちなみにWONKのメンバーが昨年セレクトしたITunesのプレイリストに、SIRUPの『Synapse』が収録されていました。お互いの音楽性をリスペクトしているのが伝わってきます。
そして海外と日本をフラットに考えている点も共通しています。かつてはひとつのハードルや壁といった存在だった海外進出も、ミレニアル世代ミュージシャンは東京でのライブと同じようなテンションで捉えているようです。これはインターネットという存在も少なからず影響しているのではないでしょうか。「死にたいぐらい」東京に憧れたり海外進出を目指す感覚は、もはや彼らにはないように思います。
そう考えているのは、音楽の世界だけではありません。以前このコラムでフィーチャーしたレストランKabi、ファッションレーベル10YCも彼らと同じ世代。食、ファッション、音楽とジャンルは異なりますが、取材して感じるのは同じような意識をもっているということ。世間の価値観や常識、レイティングよりも、自身の感覚を大事にし、そこに心地よいと思ったり目指す形があるかどうかがモチベーションに繋がっているのです。
Suchmos、WONK、Ryofu、そしてSIRUP……。彼らの音楽を聴いていると、邦楽というジャンルってなんだろうと思います。いわゆる“J感”がないというか、ジャンルはもはや意味をもたず、かっこいい音楽でいいじゃないか、といわれているような気がします。その感覚もまた、Kabiや10YCに通じていて、その肩ひじはらない自由さに大きな可能性を感じるのです。新時代=令和にふさわしいのは、まさにこの感覚ではないでしょうか。
いよいよスタートする2019年サマーフェスシーズン。ぜひひとつ、彼らと彼らの音楽に注目してほしいと思います。さまざまなジャンルを超えた時代のうねりを感じられるはず。ちなみにSIRUP、フェスで体験済みですが、びっくりするほどパフォーマンス力高いです。恐るべき新人ですよ。
プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)がある。
http://ttanakatoshie.com/ ブログ:https://ameblo.jp/ttanakatoshie