旅と暮らし

果たして、ビジネスマンにアートは必要なのか?
The Meaning of Art

2019.07.01

果たして、ビジネスマンにアートは必要なのか?<br>The Meaning of Art
©Chim↑Pom
Photo by Kenji Morita Courtesy of ANOMALY “Grand Open”, Installation view at ANOMALY
共にミクストメディア(にんげんレストランのビルから切り出された全フロアの床、各階の残留物)
左:Build-Burger 2018 H400xW360xD280cm、右:Build-Burger 2018 H186xW170xD155cm

アート作品やアーティストの言葉を紹介するアートサイト「色名/SHIKIMEI」のディレクター・石浦 克が、現代アートの最前線で活躍するギャラリストにインタビュー。アートの世界からの気づきや刺激をもらい、ビジネスにフィードバックするためのヒントを探る――

テクノロジーの発展や新しい枠組みの登場で、多くのシステムがオールドスクールになりつつある。未来は加速度的に現在・過去とは非連続で不確実なものになりつつある。

一方で(こと日本のビジネスの現場では)、既成概念にとらわれリスクを取らない経営やロジカルで効率的な数値化できることばかりに目が行き、大胆な戦略を取れない企業や現場が多い。18年のサッカーW杯でブーイングを浴びた日本代表のパス回しのように、ノープレー・ノーエラーを続けていたら、未来はどうなるのか? いち早く危機感を覚えた人たちが注目しているのが「ビジネスにアート的な思考や感覚を取り入れよう」というムーブメントだ。

では、現在進行形のアートの世界でアーティストと対峙し、同時にそれをビジネスとするギャラリストたちは、日々どのようにアートを捉えているのだろうか? 昨年11月、天王洲にオープンした日本最大級の現代アートギャラリー「アノマリー」のオーナーである山本裕子さん、浦野むつみさんに話を聞いた。

想像力と面白い概念こそが
一番に評価される世界

アート思考とは、個の思いや直感を起点としてイノベーションを起こすことだと言われる。やれ市場調査だの、エビデンスを出せだの、KPIだのといった、いわゆる論理的なアプローチとは異なるやり方で社会と関わり、皆をワクワクさせながら何かを実現するみたいなことで――話を振ると「そんなの毎日がそうなんだけど?」と笑われてしまった(アートの世界にいる人は当たり前すぎてアート思考とは?など考えないのだ)。そして、今回わかったのは現代アートに興味を持って「現代アートってなに?」を知ろうとするだけで、アート思考は養えるということだ。

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5月の取材時に開催されていたのは、小谷元彦の彫刻展「Tulpa –Here is me」(写真左、中)と合田佐和子の個展(同・右)。小谷の展示は、動植物に融合した人物や輪切りにされたり分断された人物などが立ち並ぶなか、映像や光、交信音が交錯する不思議な空間。これは作者自身が、心筋梗塞で心臓の半分が壊死し、救急搬送された経験から「失われた身体と、残された身体」の狭間で生きていくことを、セルフポートレートで表現したもの。インスタレーション作品かと思いきや、なんと現代彫刻なのだそうだ。

「要はお金という価値が一番偉い世界じゃなく、想像力や面白い概念が高く評価されるのが現代アート。たとえば、一番価値のある石はダイヤモンド、次にルビーというヒエラルキーのなかでは、新聞紙がダイヤモンドを超えることはない。だけど現代アートでは、グシャグシャの新聞紙がダイヤモンドより高価になったり、みんなを感動させることができるようになるかもしれない。面白いでしょう? 現代アート=価値基準やパーセプションを変える装置だと思えばいいんです」(山本)

日本人に元来備わっている
現代アート的な感覚とは

価値基準を変えて楽しむ、これはもともと日本人が得意としていたスピリットらしい。「貧乏花見」という上方落語がある。長屋の貧乏人たちが景気付けに花見に行こうと盛り上がるのだが、金がなく〝たくあん〞を玉子焼きに見立てて盛り上がるという筋書きだ。山本さんはこう話す。

「玉子焼きより〝たくあん〞を持っているほうがカッコよく見える瞬間なんですよ。なぜなら、イマジネーションで高価な玉子焼きを超えてしまったわけだから。千利休の〝見立て〞も根源は同じで、本来あるべき姿や役割とは別のところに価値を見いだし、それを日本の美意識まで高めたわけですよね。ところがどういうわけか、昨今はお金に憧れて、想像力が価値を持っていることを忘れている。それでいいのか?と現代アートはいちいち教えてくれる」

 Merlion_Hotel_04
Tatzu Nishi The Merlion Hotel 2011 Marina Bay, Singapore 
Photo : Yusuke Hattori,Tatzu Nishi  
©Tatzu Nishi Courtesy of the Artist and ANOMALY
2011年のシンガポールビエンナーレで発表された西野 達の「The Merlion Hotel」。シンガポールの観光のシンボルであるマーライオンを建物で囲い、異空間を出現させた。日中はアート作品として一般公開されるが、夜はなんとホテルとして宿泊が可能に。アート作品としてのマーライオンを独り占めするというスペシャルな体験ができることで話題になった。
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    普段のマーライオン  
  •  960_Merlion_Hotel_09
    建築で覆われた様子

「パーセプションを変える」を体現する好例としては、シンガポールの観光名所マーライオンを建築物で覆って実際に泊まれるホテルにしてしまった西野 達の「マーライオン・ホテル」がある。世界3大ガッカリ名所(!?)と揶揄(やゆ)される彫刻だったはずなのに、写真を見るだけで急に湧き起こるこのワクワク感はなんなのか! 「現代アートって自分に新しい視点を与えてくれて、日常に変化が訪れるもの。システムに片足を残したまま、ちょっと外(=異化世界)を見てみる、そんな体験ができる」という浦野さんの言葉が染み込むように入ってきた。

思考のポートフォリオに
現代アートを取り込め!

「ヒエラルキーの上を目指すのではなく、別のオルタナティブを目指す――つまり、〝たくあん〞方面に行くことが大事(笑)。価値基準や考え方がひとつしかないと、そこからはずれたら絶望する人が多いけど、〝たくあん〞方面を目指すと新しい発想や概念、文化が生まれるヒントが出るはず」と山本さんは言う。

ビジネスの世界にいると、どうしても思考のポートフォリオがサイエンスや論理ばかりに偏ってしまいがちだ。そこに、スパイスのように現代アートのような視野・視座を入れることで思考の多様性が少しずつ養われていくのではないか。そのためには、街へ出てふらりとギャラリーに立ち寄ってみることだ。そして、作品の能書きに目を通し、気になったらギャラリーのスタッフに聞いてみるといい。

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「ギャラリーに気軽に訪れ、ゆっくり作品を鑑賞してもらえるように、アノマリーではソファーを置いて休憩できるようにしていたり、会話が生まれやすい雰囲気づくりもしています」(浦野)

「作家やスタッフと話して、ひと言ふた言でもヒントをもらえるといきなりフワーっと世界が開けたりすることが結構あるんですよ。実は現代アートって、そんなに居心地がいいものばかりではない。自分の感性や知性を試されている感じがして緊張感を誘うものも確かに多いけど、どこかユーモラスで、厳しい現実を突き付けられてもその先に解放される何かがあって、〝この作品が見られて本当に良かった〞と思うことも多い。いまとらわれていることを取っ払い解放(liberation)してくれて、次に進める。そんな体験ができるのが現代アートです」(山本)

30分で読了するビジネス書を捨て、アートを体感すべく、いざ街へ。我々にはアートが必要だ。

<<ギャラリストに聞いたビジネスマンが打ちのめされる、破天荒でオモシロイ作品は?

「アエラスタイルマガジンVOL.43 SUMMER 2019」より転載

Coordination&Interview:Masaru Ishiura(SHIKIMEI)
Photograph[P.141]:Isao Kimura(SHIKIMEI)
Text:Atsushi Kadono (SHIKIMEI)

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