紳士の雑学

「モノが社会でシェアされる機能をつくる」
トランク代表取締役/CEO 松﨑早人インタビュー[前編]

2019.08.27

「モノが社会でシェアされる機能をつくる」<br>トランク代表取締役/CEO 松﨑早人インタビュー[前編]

「家にあるけど、使っていないモノってありますよね。それらは消費という欲求を満たしても、モノが持つ価値、モノが生まれてきた意味は達成できていないわけですよ」

トランク松﨑早人代表取締役CEOが2014年にスタートしたのは次世代の宅配型収納サービスだ。預けた荷物をスマホで管理できフリマのように売買もできる。欲しい人に無料で譲ることもできる。NTTドコモや長谷工グループ、西日本鉄道など大手との提携も続々と進む『カラエト(旧トランク)』は「モノを預かると同時、それを必要とする人のもとに届けることのできる」ファンクションを併せ持つ。元パリコレモデルという異色の出自を持つ松﨑だが、起業するのは実に2度目。「1度目のころは、経営のことなんてまったくわかっていなかったんですけどね」。今年1月に転居した恵比寿のオフィスでその経歴を振り返ってもらった。

近所の会社を1日100社、飛び込み営業

80年代後半から90年前半にかけファッション誌を飾り、大手企業のCMにも出演する売れっ子モデルだった。海外に赴きパリコレ、ミラノコレまで登り詰めたが、そのキャリアを捨て2000年にIT系の広告代理店をスタートした。30歳、演者ではなく仕掛ける側に行ってみたい、そう思ったのがきっかけだ。「とはいえ、起業したいと考えていたわけでもないんです。このあとは大バカ者と話している前提で聞いてほしいのですが(笑)、ものすごく世間知らずだったんですよ」

「こんなことをやりたい」「あんなことをやりたい」、そんな話は周囲によくした。けれど、聞く側からすると「そうなんだ。で?」となる。松﨑からすると「で?」と言われても、だ。誰に話せばいいのか皆目見当がつかなかった。

「同じころ、近所のビルの看板を見てそれが会社だということに気付くんです。『そうか!会社ってたくさんあるんだ。ということは、広告もしてほしいはずだ!』って(笑)。近所の会社に片っ端から飛び込むんですが、当然、追い返されてしまう。1日100社以上回るような生活を続けるうち、『じゃあ、インターネットとかできる?』と聞いてくる人が出てきて。当時はPCを持っている人も少なく僕自身よくわかっていない。けれど、毎日のように耳にするので『どうやら、時代はインターネットっぽいぞ!』と(笑)」

草の根にも過ぎる営業活動。松﨑だからこそという気もするが、「みんな、やってると思ってたんです。それに、ちょっと面白くもありましたし。さすがに近所じゃダメだと気づいて、途中から丸の内に場所を変えたんですけどね」。

飛び込んだ先で「ホームページは作れる?」と聞かれれば、知人であったり、それらしい会社を見つけ電話を掛けた。「会社組織のことはわかっていなかったんですけど、要は『コレをできる人』と『アレをできる人』をどんどん自分の仲間にしていくって話だろうって。やっているうちにグループができて数年経つうちに会社らしくなっていったんです」

IT黎明期とも重なり、社員は増え、業績も好調に推移した。銀行の融資も拡大した。松﨑からすると「銀行が『貸す』というなら、借りておけ」。そんなセオリーに従ったわけだが、これが良くも悪くも人生の転機となる。当時はまったく予測していなかったのだが。

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突然背負った借金3億、一生働けば返せる?

雲行きが怪しくなったのはリーマンショックの直後だろうか。ある銀行が返済を求めにきた。それを返すと次の一行、また、次の一行。やがて、お金は足りなくなる。「昨日まで楽しくやっていたのに今日になったら借金3億。そのときになって初めて『これはマズい』と気付きました」

このまま続けられるものではない。しかし、仁義は切っておきたい。思った松﨑は社員を集め、希望の転職先を聞いて回った。「オレが話をつけてくるから」と。

数カ月後、だだっ広いオフィスにひとり残り、支払いについて考えた。どうすれば返せるのかはわからなかった。「だけど、一生働けばギリギリなんとかなるかもしれない。大金ですけど、あきらめるには小さすぎるって思ったんです。それからですね。お金のことや経営について本気で考えはじめたのは」

同じころ、マイクロソフトの幹部からこんな話を聞いた。「インターネットはじぃーっと見ていれば次に何が来るかわかるんだよ」。そのフレーズが心に残り実行に移すと、やがてSNSの渦に気付いた。「SNSについていちばん詳しいのは自分だ」。胸を張れるほどまでになったとき、企業向けのアカウントサービスをスタートした。これがうまくいった。同時期には地デジ化に伴うアンテナ取り換えの機運に乗り、申込みサイトをつくった。これもうまくいった。数年と経たず、松﨑は借金を完済した。

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震災と父の死が残したもの

いい話だ、そうまとめてしまうこともできる。だが、当人にとってはまったくそうではなかった。「つらかったんですね。ぜんぜん面白くない。お金のためだけに働いていたんです。モデルをやめてから何を残したんだろうかと落ち込みました。そんなときに東日本大震災が起こったんです」

震災から3日後にボランティアで現地に赴いた。手をつないでいた家族が力尽き、目の前で流されていった話を聞いた。物資不足は深刻で地平線で見えるもの、全てが焼け野原だった。借金を背負ったとか、それを返すための仕事がつまらないとか。自分の悩みはなんと小さいことか。

同じころ、福岡にいる父が他界した。葬儀を終えたあと、遺品の問題に直面した。「震災でモノがなくて困っている人たちがいる一方、こっちではモノの処分に困っている。これらをつなぐことはできないかと思ったんです。父に『お前がやるのはこれだ』と言われた気分でした」

2014年、新しいインフラ構築を目指し、トランクを設立した。目指すのは「モノが社会でシェアされる仕組みが電気や水道と同じように 生活インフラとして機能する未来」だった。

後編へつづく>>

プロフィル
松﨑早人(まつざき・はやと)
1968年、福岡出身。高校を中退し16歳で東京へ。大検を取得し慶應大学経済学部に入学。在学中にモデルデビュー。25歳で渡欧し、パリコレやミラノコレで活躍。2000年に帰国し、ITの広告代理店を設立。2014年、シェアリングプラットフォーム事業のトランクを設立。現在、同社代表取締役。

Photograph:Kentaro Kase
Text:Mariko Terashima

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