旅と暮らし
豪華! レオとブラピとタランティーノが紡いだ映画
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
[美しき映画ソムリエ]
2019.08.26
「人は一日に70回、人生を左右する選択をしている」とある心理学者は言った。ごろごろと転がる石ころのように無限の可能性に満ちた人生。しかし、常に選べるのはたったひとつ。人はいつだってジレンマと隣合わせで生きている。その人生を、過去に戻ってやり直すことはできない。大いなる過ちも、紫色にうっすらと残ってしまったアザも、傷口も塞ぐことはできない。だから人間は常に「あのとき、異なる選択をしていれば……」と過去にとらわれる。変えられない過去は、どこか牢獄にも似ている。
ハリウッドを代表する鬼才クエンティン・タランティーノが最後の監督作になると語りながら撮った映画、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。タランティーノは、『イングロリアス・バスターズ』(09年)や『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)で抗えない歴史に映画の魔法をかけてきた。1969年、当時ロサンゼルスのアルハンブラに住んでいたタランティーノ。生粋の映画オタクであった少年時代の監督の記憶や好きだったもの、影響を受けたものが投影された本作。そこには、どのような景色が広まっているのだろうか。
レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットというハリウッドのトップランナーたちが世紀の初共演。タランティーノが育った60年台のLAを背景にスクリーンに映るふたりの共演は、豪華さを終始保っていた。アル・パチーノ扮するプロデューサーやカート・ラッセル扮する熟練スタントといったタランティーノだからこそ実現できたとも言えるなんともぜいたくなキャスティングもみどころ。
また当時の再現ということで外見的にも似た俳優によるブルース・リー(マイク・モー)やスティーブ・マックイーン(ダミアン・ルイス)までも登場。さらには、その華やかさが業界でも語り草となっていた2017年に亡くなったプレイボーイ創刊者のヒュー・ヘフナー宅でのナイトパーティーのシーンなども蘇り、とにかく当時の様子を観るものが感じられるよう、演出に凝っています。さて簡単にあらすじです。
人気のピークを過ぎたテレビ俳優リック・ダルトンは映画スターへの転身を目指していた。そんなリックを支える付き人であり、鳴かず飛ばずのスタントマンのクリス・ブーフ。またたく間に変化するエンタテインメント業界で生き抜くことに焦りを見せるリックと、どこか対照的にいつも自分らしさを失わないクリフは親友同士でもあった。付き人の関係以上に彼らはパーフェクトな友情で結ばれていた。
そんなある日、リックの家の隣に、『ローズマリーの赤ちゃん』で初めてハリウッドの進出を成功させたホットな若手監督ロマン・ポランスキー監督と美人女優シャロン・テートの新婚夫妻が引っ越してくる。ポランスキー夫妻を目の当たりにしたリックは、自分も俳優として返り咲くため、イタリアでマカロニ・ウエスタン映画に出演することを決意する。やがて1969年8月9日、それぞれの人生を巻き込みながら世界中が忘れられないあの事件が発生する。
この映画を語る前にまず押さえてほしい人物がいる。それはオスカーにもノミネートされた若き演技派美女マーゴット・ロビー扮する実在の人物シャロン・テート。その後『チャイナタウン』『戦場のピアニスト 』などの名作を世に送り出すことになる巨匠ロマン・ポランスキー監督の当時の妻であり、新進女優のひとりとして当時、まさに輝くような存在感でスターダムを駆け上っていた。
LAを見下ろす丘の上の豪邸に住み、ポランスキーとの子どもを授かり妊娠8カ月目という幸せの絶頂にいたはずの彼女は、夫ポランスキーがイギリスでのロケハンのためLAに不在だったとき、前科者のLA郊外に住むヒッピー、チャールズ・マンソンの狂信的な信奉者たちの手によって惨殺された。
この映画は観客がこの事件を知っているという前提で展開されるので事前にこの出来事について知っておく必要がある。全米を震え上がらせ映画史までも塗り替えたと言われる凶悪事件と、フィクションの存在であるディカプリオとブラピがこの物語のなかでどのように絡まっていくのか。そこに注目してほしい。
それにしても直接的ではなくとも、間接的に人と人は見えない糸で絡み合い、つながっている。幸福も不幸も、善意も悪意も、あらゆるものが混在するこの世界で努力はすべて報われるわけではない。美談だけで終われる出来事なんてほとんどなくて。こんな不条理な世界で、ただ単に惰性に生きてしまいたくもなるけれど。
自分が頑張ることで、周りの人の幸せにつながり、それがこの世界を巡り巡って知らない人の運命を変えていくことだってある。過去を振り返り、どう未来を見つめるか。世の中を良くすることはできるのか。これはただの独りよがりの夢物語なのか。その答えはこの映画の中に――。
最後に。1960年代末、泥沼化するベトナム戦争に疲弊しアメリカは徐々に病んでいった。自由と平和を求めたヒッピーたちは、大麻やLSDといったドラッグやセックスに溺れていく。傷つき“うまくいかない”世の中で、宗教集団も生まれた。そんな60年代末のアメリカの切羽詰まっていく空気感も、劇中ではうまく切り取られている。今年、シャロン・テート事件から50年。
本作以外にも、シャロン・テート事件やこの事件の集団にフューチャーした映画が公開される。スマホでも簡単に宗教に入会できてしまう時代を迎えたいまこそ、振り返ってみるタイミングなのかもしれない。
個人的な感覚になるが2時間41分という長尺な上映時間も、体感的には2時間程度に感じた。タランティーノが描く時代の光と闇、ラスト13分の“真理”はタランティーノから私たちへのメッセージとなっている。隣の住人の顔も知らないこんな時代に、私たちがどう生きるべきか。観る人それぞれが“いまを懸命に生きることで誰かの救いになれるのかもしれない”と思える圧倒的な脚本に拍手したい。
あえてこう呼ばせてもらう、映画の神様、親愛なるタラちゃん。引退宣言なんて吹き飛ばして、これからも映画で私たちを熱狂させてください。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
8月30日(金)全国ロードショー
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
出演:レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー ほか
配給・宣伝 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント