旅と暮らし

志高き実業家が、アートに託したもの。

2019.10.08

写真・図版
本館正面玄関では、両側でオーギュスト・ロダンの「洗礼者ヨハネ」(写真左)、「カレーの市民──ジャン・デール」(同右)が来館者を出迎える。左:SHIKIMEIディレクター 石浦 克 右:大原美術館 学芸課長 柳沢秀行

アートによる町づくりの事例はいまでこそ珍しくないが、町や都市の成長を短期的な成果で語るのは難しい。今回、ディレクター石浦 克が向かったのは岡山県の大原美術館。倉敷という町の文化を支えたその歴史から、ビジネスに活用できるヒントを探る。

1920年代のフランスに、クロード・モネやアンリ・マティスといった画家を直接訪ねては絵を買いつける日本人画家の姿があった。しかも、購入費用を全額出資した人物は、実業家として企業を経営するだけでなく、地域のために病院、研究所、保育園を作り、東京都駒場にある日本民藝館の建設資金まで寄付していたのだから驚かされる。画家の名は児島虎次郞、実業家は大原孫三郎といい、日本で最初の西洋近代美術館、大原美術館を作った人物だ。

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大原美術館を作りあげた大原孫三郎(左)と画家の児島虎次郞。年齢差は孫三郎が1歳年上と近く、児島が東京美術学校(現・東京藝術大学)へ進むにあたり、大原家からの奨学金をもらいに行った際に知り合う。児島の芸術的才能と実直な人柄を孫三郎は高く評価し、二人は生涯にわたり親しい友人として付き合っていた。

およそ100年前の日本といえば、15年という短い期間ながら時代は「大正デモクラシー」と呼ばれるように民主主義の機運が湧き出ていたころ。当然ながら海外旅行は船旅という時代に、地方都市で進行していたアートプロジェクトの真意とは? 岡山県倉敷市にある大原美術館を訪れ、学芸課長の柳沢秀行さんに話を聞いた。

研究所、学校、美術館……
文化の礎を築いた実業家

大原美術館は、江戸時代から明治の町並みが残る観光エリア、倉敷美観地区の一角にある。

「大原孫三郎は、現在のクラボウ(倉敷紡績)、クラレ(倉敷絹織)を経営した岡山を代表する実業家で、倉敷の文化的な礎を築いた人物です。大原家はもともと繰綿と米穀の問屋で地方屈指の大地主。その7代目にあたる孫三郎は資本家として儲けたお金を、公益性が高く、非営利の活動に投じて仕掛けていく社会事業者でもありました。〝いまを生きる人にとって意義あることは何か〞を常に問い、研究所、病院、学校を作り、そのなかのいちばん最後が大原美術館です」

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クロード・モネ《睡蓮》1906年頃
1920年に児島虎次郞がパリ郊外のジヴェルニーに住むクロード・モネを訪ね、「日本の人々に公開するためにぜひ作品を譲ってほしい」とお願いし譲り受けた作品。大原美術館の工芸・東洋館の中庭には2000年にモネの庭から株分けされた睡蓮が浮かぶ池があり、毎年、美しい花を咲かせている。

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設立は1930年。アメリカのニューヨーク近代美術館が29年開館、東京都上野にある国立西洋美術館は59年というから、孫三郎の先見性は際立っていた。一方で、学生時代に放蕩(ほうとう)尽くし進学先の東京から倉敷に連れ戻されるなど、孫三郎には少々型破りな面もあったが、「岡山に日本初の孤児院を作った石井十次という人物との出会いが、孫三郎に大きな影響を与えた」という。

「この岡山孤児院の支援に加え、取り組んだ社会事業のひとつに郷土出身者に向けて1899年に創設した奨学金制度があります。その発足から間もない時期に、支援を願って倉敷の大原家を訪ねたのが児島虎次郞でした」

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児島虎次郞(1881–1929)
1911年フランス国民美術協会主催の展覧会(通称サロン・ナショナル)入選、20年4月にはフランス政府が作品を買い上げるなど、児島は画家としてヨーロッパで高い評価を得ていた。一方、3回目の渡欧では古陶磁の研究のためにエジプトのカイロを訪れたり(写真)、18年から中国を4度も訪ね古美術の収集も行っていた。

孫三郎との出会いを経て、無事奨学金を受けることになった児島は東京美術学校(現在の東京藝術大学)に学び、二度の飛び級を果たすなど画家として優れた成績を収める。そして、孫三郎の勧めにより留学したヨーロッパで「日本の芸術界のために」と彼が言いだしたことで、西洋絵画の収集が始まることとなる。全費用を孫三郎が出し、児島が画家を直接訪ねて作品を買い集める二人三脚のアートプロジェクトは、1908年1月から関東大震災直前の23年5月まで、延べ15年間、計3回の渡欧により行われた。渡欧後の児島は画家として西洋絵画の修業を積むかたわら、日本に買って帰るべき作品を徹底的にリサーチした。

それにしても、見ず知らずの日本人に、当時の人気作家がよく作品を譲ってくれたものである。

「日本で美術館を作って公開するからという、虎次郞の言葉が決め手になったようです」

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Coordination&Interview:Masaru Ishiura
Photograph:Natsu Tanimoto(studio track72)
Text:Takako Takano(plusT9)

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