特別インタビュー
アニエスベーは大人の階段だった。
[渋谷直角 男が憧れる、男の持ち物。]
2020.05.27
多才でいてファッションフリーク、渋谷直角の愛用品からそのセンスを探ってみる──。
所沢に住んでいた高校時代、ファッションに興味を持つ同級生は、地元以外で洋服を買うとなったら新宿か池袋が精一杯。それでもだいぶ大人びた行動範囲で、原宿や渋谷まで行って洋服買うヤツはかなりのオシャレさんでした。僕もナメられちゃいけない、原宿渋谷をさらに超えたい、と。ならば青山や代官山しかない! なんて思って。当時はアメカジからヨーロッパに興味が移り、アニエス(アニエスベー)のボーダーが欲しくて欲しくて。あのころは洋服の通販なんてないし、セレクトショップも多くありませんでしたから、ブランドの服を買う=本店まで行かないと、というハードなミッション。でもその分、そこでゲットした洋服は「アイツ、まさか青山まで行って、生きて帰ってこれたのか!?」と、まるでモンブランを登頂したかのようなリスペクトを周囲から得られたものです。
そのくらい、所沢の高校生にとって当時の青山や代官山は、未踏の地で怖かった。歩いている人が少なく、その全員がオシャレに見える。所沢も埼玉県では都会ですが、その所沢には絶対にいない、あか抜けた人たち。意を決して入ったアニエスの店内も、緊張と恐怖しかない。店員さんが無表情(に見えて)怖い。早くボーダーのサイズだけ確認してレジに! 一刻も早くこの場から去らなくては! なんて被害妄想が加速して。
そうして無事に、商品の入った白いビニールを手にして歩く帰り道の誇り高さったら! 次の日の同級生に対する「あ、これ? アニエス。まあ、青山で買って。ウン、普通に」くらいの平然っぷりったら! あんなにおびえきっていたくせに。でもものすごく大事に着てました。
いまでもアニエスは青山店で買います。初めての買い物から何年かして、徐々におびえなくなっている自分に気づいた静かな感動を、毎回思い出すのです。
Photograph: Tetsuya Niikura(SIGNO)
Styling: Masahiro Tochigi(QUILT)