紳士の雑学

AI時代、豊かな感性こそが武器になる
世界で恥をかかないために!
ビジネスマナー&イメージ戦略 第6回

2020.06.15

安積陽子

写真・図版

自分の言葉で表現すると豊かになれる

20年近く前、学生としてニューヨークで過ごしていた頃の話です。家族ぐるみで付き合いのあった投資家が、社交界で名高い女性とその息子さんを紹介してくれました。待ち合わせ場所は、マンハッタンのミッドタウンに位置するMoMA(ニューヨーク近代美術館)。入り口で軽く自己紹介をした後に、私と年齢の変わらない息子とその母親とともに、館内を巡り始めました。

人は名画や名曲を鑑賞すると、心の中に得も言われぬ余韻が残るものです。この母と息子は、まるで美術館に並べられた芸術作品のように、人々の心に余韻を残す品格を全身にまとっていました。二人とも特別なおしゃれをしていたわけではありません。それなのに、さりげない所作のなかに高貴さが漂い、ひとつひとつの言葉に豊かな感性がにじみ出ていたのです。

母親のほうは感性を刺激される作品を見るたびに、いま自分が大自然に包まれているかのごとく、青空と白く輝く雲が織りなす光のニュアンスや海岸の風景、夕映えの空の色、繊細な葉脈、光や香りや触感までをも五感で捉えて独自の言葉で描写していきます。

息子は、曲線美や直線美などが強調された抽象的なアートを擬人化しながら、頭の中にあるインスピレーションを広げ、豊かな言葉で具現化します。この親子は決して「美しい」などというありふれた陳腐な言葉は使いません。自分の言葉で美しさの本質を語ることができる美的感受性の極めて強いニューヨーカーでした。

「作品が語る言葉に、耳を傾けられる?」

点描表現を用い、新たな表現様式を確立した新印象派の画家ジョルジュ・スーラの作品の前で母親が尋ねてきました。

彼女は、私ならではの解釈に興味を示しているようでしたが、ありきたりの感想を言っても、関心を得ることはできそうにありません。おもわず答えに窮する私に、彼女は優しく言いました。「アートは目で見ず、心で捉えるのよ」と。

その後もたびたび「この絵に内包された感情を読み取れる?」といった質問が投げかけられました。答えあぐねるたびに、うまく言葉にできない自分にもどかしさを感じました。

子どもの頃は自分が良いと思えるものに対して素直に、そして主観的に見てそれなりに言葉を発していたはずです。しかし、いつのまにか表面的な知識を広げることばかりが先行して、私自身に真の感受性や共感性が構築できていないことに気が付かされました。

オリジナルな見方や感じ方を、自分自身の豊かな言葉で表現できるスキル。日本で暮らしていた頃はそれほどまで必要性を感じなかったことですが、人種のるつぼと言われ多種多様な民族が住むNY生活では、自分という人間を表現するうえで、このスキルがいかに大切かをその後もたびたび痛感するのでした。

知識で賢さを示すより、センスを磨く

美術館をまわった後は、そのまま館内にあるフレンチレストラン「The Modern」へ。全面ガラス張りの向こうにMoMAの中庭が見え、エレガントでシックな雰囲気が漂っています。

食事の場でもまた、この親子の立ち居振る舞いに目を奪われました。美しさを損なわない食べ方。プライバシーへの気遣いが感じられる言葉遣い。母親は笑みを浮かべながら優雅に食事を進めます。

一方、私はこのような社交の場は経験不足で、テーブルマナーという型にとらわれ、料理もじっくり味わえない始末。

ところが、当時まだ10代だった息子は、一品一品丁寧に差し出される料理に対して、見た目、食感、香りに関して五感が刺激されるコメントを繰り出していきます。舌だけでなく、恐らく右脳と左脳、両方を駆使しているのでしょう。私は彼の感想を共有することで、ひとつひとつの料理やサービスに対する感動や満足感が倍増することを実感したのでした。

この親子と別れた後に、すぐさまこのご縁を与えてくださった投資家へお礼の電話をしました。

「アートに関していろいろな質問を受けたのですが、ありきたりな答えしかできませんでした。何よりも、自分とあまり年齢の変わらない息子さんが、これほどまで成熟したものの見方をもっていていることに衝撃を受けました」

するとその投資家は言いました。

「NYの社交界では、知識で賢さをひけらかす人には興味がないんだよ。うんちくを語らなくても、言葉や仕草を通してその人ならではの感性やインテリジェンスを感じさせることができるからね。だから、君も使う言葉を吟味しなさい。刺激を受けたものや感動したものを、どのような言葉を使えば的確に伝えられるのか。そのセンスを磨くことこそが、その人の評価を高める秘訣(ひけつ)なんだよ」

このアドバイスは、いまだに私の大きなテーマとなっています。

人間にはあってAIにないもの

AI(人工知能)が急速に進化する現代。人間にしかない感覚の鋭さや情緒は、感受性を備えていないAIに対して強力な武器になり得るでしょう。AIと違って、われわれは自発的に好奇心を育み、主体的に感性や情緒を磨いていくことができます。自然や芸術への感性が鋭くなればなるほど、認識できるものは増え、インスピレーションを広げていくことができるはずです。

いま新型コロナウイルスの影響でさまざまな制約のなか生活をせざるを得ない状況にありますが、このような時期だからこそ、体と脳と心を刺激するプログラムを自分のスケジュール帳の中に書き込んでみることから始めてはいかがでしょうか。

純粋な好奇心と新鮮な視点を持ち、自分の心のアンテナを鋭敏にしていけば、このコロナウイルスの終息後、世界がより鮮やかに見えてくるはずです。

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安積陽子(あさか・ようこ)
アメリカのシカゴ生まれ。ニューヨーク州立大学でイメージコンサルティングの資格を取得。2005年、Image Resource Center of New York社で各界の著名人への自己演出トレーニングを開始。09年、同社の日本校代表に就任。16年、一般社団法人国際ボディランゲージ協会を設立、非言語コミュニケーションのセミナーや研修、コンサルティングを行う。著書に『CLASSACT(クラス・アクト)世界のビジネスエリートが必ず身につける「見た目」の教養』『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』がある。

Illustration: Michihiro Hori

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