特別インタビュー

変貌した音楽業界から見る
仕事とエンタメの快適空間。

2020.11.30

柴 那典

写真・図版

自宅をどう快適な空間にするか。

ここ数カ月、ひそかにそれを追求してきた。リモートワークや在宅勤務が急速に広まった昨今、同じようなことに頭を悩ませてきた人も少なくないんじゃないかと思う。

僕はフリーランスで「音楽ジャーナリスト」という肩書で原稿を書いたりラジオでしゃべったりしているもので、普段から自宅の書斎を仕事場にしている。家族は妻と二人暮らしで、あとは犬と猫2匹。なのでコロナ禍になっても基本的なワークスタイルは同じだ。

それでも、僕の生活は大きく変わった。まず、外出がめっきり減った。これまで会議や打ち合わせのたびに都内まで出かけて相手先の企業を訪問したり喫茶店で落ち合ったりするのが当たり前だったけれど、ほとんどがZoomなどを使ったオンラインミーティングに切り替わった。インタビュー取材もオンラインで実施されることがぐっと増えた。非常勤講師として受け持っていた大学の講義もすべてオンラインに切り替わった。

よし、自宅に設備投資をしよう、と思い至ったのは、緊急事態宣言が出る少し前の3月のこと。出張を含む仕事の予定がいくつかキャンセルになり、家族旅行も取りやめになった。普段は毎週のようにどこかのライブやコンサートに足を運んだり、映画館に行ったりしていたけれど、それもできなくなった。ほとんどのコミュニケーションがオンラインで行われるようになった。4月に入りステイホームと言われるようになってからは、ラジオやテレビの収録もリモートで行われるようになった。自宅の設備が露骨に仕事と生活のクオリティーを左右することは明らかだった。

オーディオ環境を整えたのは正解

まずアップデートしたのがオーディオ環境。サブスクが当たり前になり、音楽を再生する機器はスマートフォンやPCが中心になっている。加えて昨今の欧米のポップミュージックは低音の〝鳴り〞を体感できるかどうかが魅力を大きく左右する。そう考えて、CDやレコードプレーヤーに加えてスマホやPCもUSB接続できるオーディオアンプを購入し、高級スピーカーとサブウーハーを導入した。集合住宅ゆえ大きな音を鳴らすことは難しいが、それでも鳴らされる音の解像度は段違いにいい。

そして、リモートでのラジオ収録の機会があったことをきっかけに、ライブやレコーディングの現場で使われているスタンダードなマイクと音楽制作用の機材として使われているオーディオインターフェース、卓上マイクスタンドを導入した。結果的に、これが大活躍だった。もちろんPCに内蔵されているマイクでも問題はないのだが、オンラインでのコミュニケーションは双方の声の聞き取りやすさによって大きく左右される。周囲を見回してもリモートでのコミュニケーションのやりづらさを訴えている人と、すんなりと新しい環境に順応している人の両方がいるのだが、実はその差はオーディオ環境にあることが多いと睨(にら)んでいる。

妻の発案でリビングのテレビを4K対応の最新型に買い替えたのも大きかった。画面のサイズや奇麗さもさることながら、10年近く使ってきた以前のものに比べると、ネットワークへの対応がだいぶ進化している。リモコンの目立つ位置にネットフリックスやアマゾンプライムのボタンがあるので、地上波のチャンネルよりも、ついついそちらを観る機会が自然と増える。たとえばスマホやタブレットで観ていたYouTube動画やノートパソコンの画面を、面倒な接続をすることなく、アプリ側の操作だけでテレビに映し出すこともできる。テレビというものが、すでに「地上波のテレビ番組を映す機械」ではなく、むしろ「さまざまなコンテンツを用途に応じて表示する使い勝手のいい巨大モニター」としての使い道が大きくなってきているのを実感する。

こうした自宅のオーディオ環境やエンタメ環境のアップデートの効果を実感したのが、ここ半年でぐっと増えたオンラインライブの機会だった。

大きく変わったライブエンターテインメント産業

いま、音楽業界は大きな変貌を迫られている。特に、観光業や飲食業に並んでコロナ禍によって最も大きな打撃を受けた業界のひとつが、ライブエンターテインメント産業だ。2月26日には政府から大規模イベント自粛の要請が発表され、その後は数カ月にわたってほぼすべてのライブやコンサートが中止または延期。緊急事態宣言が解除され、イベント開催制限が段階的に緩和された現在も、いまだ客足は戻っていない。フジロックフェスティバルやロック・イン・ジャパン・フェスティバルなど毎年数十万人を動員していた夏の大型野外フェスを筆頭に、今年はほぼすべてのフェスも中止または延期となった。

こうした状況は、アーティストや所属プロダクションにとっては、ライブやコンサートによる収益がほとんどゼロになることを意味している。照明や音響、ステージ設営などライブ現場を仕事にしていたフリーランスや事業者も収入は途絶え、全国のライブハウスも閉店が相次ぐなど苦しい局面に立たされている。 これらの逆風への打開策として一気に広まったのが、電子チケット制の有料オンラインライブだ。

特に注目を集めたのが、6月25日にサザンオールスターズが横浜アリーナで開催したバンド史上初の無観客オンラインライブだった。8つの動画配信サービスを通じて有料配信されたこの公演は、3600円のチケットを約18万人が購入、総視聴者数は推定約50万人。ライブエンターテインメントの新たな様式を示す大きなきっかけになった。

ほかにも多くのアーティストが有料でのオンラインライブを開催した。なかでも星野 源は約10万人、長渕 剛も約10万人、サカナクションは2日間で約6万人と、大物アーティストはスタジアムやアリーナのキャパシティを上回るチケット売上を実現するようにもなった。

オンラインライブの演出方法も日進月歩で進化している。単にステージ上でのライブパフォーマンスを映像として配信するだけでなく、360度の巨大LEDビジョンに映し出された300名のファンとリアルタイムでコミュニケーションを取りながら生演奏を行った長渕 剛や、「ライブ映画」というコンセプトでミュージックビデオ的な演出をふんだんに盛り込んだサカナクションなど、まったく新たな形の音楽表現に挑むアーティストも登場してきている。

仕事環境の投資とエンタメを両立

おそらく、この先もオンラインライブはエンタメのひとつの形として普及し、定着していくだろう。そう考えると、観ているこちら側にとっても、視聴環境が充実していることがそれを存分に楽しめるかどうかの分かれ目になる。

ここ半年で数十本のオンラインライブを視聴したのだが、結果として感じたのは、まずは当たり前だが、画面のサイズとスピーカーの性能が体験価値を大きく左右するということ。スマホの小さな画面だと物足りない。タブレットやノートパソコンでもかまわないが、できることなら大画面のテレビがいい。できれば、プロジェクターとスクリーンを用意してホームシアター環境を作ってしまうのがさらに望ましい。

ただ、映画鑑賞とオンラインライブの体験価値が大きく違うのは、没入感だけでなく共時性が大きなポイントになっているということ。画面の向こうのアーティストや集まったファンと同じ時間を共有しているという感覚が、興奮につながる。それゆえ、ひとつの大画面だけでなくマルチスクリーンにして、手元のスマホやタブレットでライブチャットやSNSのタイムラインをチェックするような楽しみ方をすることも多い。

以前の生活が少しずつ戻りつつある昨今。大変な思いをした人、困難な生活に直面している人がいると思うけれど、正直、僕自身は快適な〝引きこもり生活〞を送ってきた実感がある。視聴環境の質を向上させることで、仕事への投資と、エンタメの楽しみを両立させるような、そういうお金の使い方をしたのが大きかったのかもしれない。

柴 那典(しば・とものり)
1976年、神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広く活動。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」、CONTINUEにて「アニメ×ロック列伝」、BOOKBANGにて「平成ヒット曲史」、CINRAにてダイノジ大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」を連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

アエラスタイルマガジンVOL.48WINTER 2020」より転載

Illustration: Michihiro Hori

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