週末の過ごし方

部長の名店。
拡大版「銀座」編

2020.12.04

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他者に思いを伝える難しさ。男がそれに気づくのは、キャリアを重ねた年齢になってからだ。そして、互いの距離を近づけるための「ひととき」が、いかに大切であるかも知る。多くの物語が紡がれた街、銀座を舞台に、俳優・演出家の岸谷五朗氏がストーリーを綴(つづ)った。

銀座の夜に、恋する「部長メシ」。
作・岸谷五朗

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男:ジャケット¥270,000、シャツ¥86,000、パンツ¥165,000、シューズ参考商品/すべてジョルジオ アルマーニ( ジョルジオ アルマーニ ジャパン 03-6274-7070) 女:ジャンプスーツ¥270,000、シューズ¥105,000、バッグ¥180,000、イヤリング参考商品/すべてジョルジオ アルマーニ( ジョルジオ アルマーニ ジャパン 03-6274-7070

最近、なかなか、満更でもない。朝の目覚めも心地よく、目覚ましをかけて寝る習慣は変わらずとも、必ず、その命令のようなベルに起こされることもなく、起床し、タイマーをオフにする。時計は、その不快音を発することなく任務を終える。

「目覚まし時計」だって好き好んで起きろ音を出してるわけでもないのに、あるときには乱雑にボタンをオフにされ、寝過ごしたときには投げられたりもする、なのに就寝前には信頼されながら、その日一日の最後の作業として主人たちは目覚まし設定をする。頼られるだけ頼られて、朝は嫌われるのだから、目覚し時計もやってられない。何だか「都合のイイ女」に似ている。次に生まれてくるときは、おしゃれな服と共に愛される腕時計になってやる! そんな決心をする目覚まし君でした……。

亜希子は、ボーっとそんなことを朝に妄想するベットの中の五分間が好きだった。それをできる余裕が今はある。

大きな企業での就業は二十代は呼吸することも忘れていたし、大海を必死で泳ぎ彷(さま)徨(よ)い溺れていたが、二十年近く勤め上げた会社では大海原ではあるが背泳ぎをしながら、少し気分良く泳いでいる、そんな感じだ。

気づけば、四十歳が両手を広げ待ち構えている。三十路越えもそうであったが亜希子にとってこの四十代も別段怖くもなければ、嫌でもなく、ただ、これから現れる刺激的な未知なる出来事との遭遇は果たしてあるのだろうか、といった期待感みたいなものが歳とともに薄れていくことに寂しさのようなものを感じていた。

二十代三十代の目まぐるしい生活の渦は刺激の連続であった。それを乗り越えてきたからこそ、おそらく今の心地の良い朝が迎えられているのであろう。最後のひとかけら余裕のクロワッサンを口に放り込んで、いざ出勤だ。

会社のエレベーターが空いていることはなく特に朝は、注意をして乗るが今日は少しついてない。「おはよう」その声だけで分かるのだが、一応振り向き挨拶を交わす。彼の爽やかな笑顔が引きつらなくなったのは私の部下と社内結婚して二年が過ぎてからだ。

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三年付き合い私の方からお別れした彼は、ひと月後に私の後輩社員と結婚した。別れたときよりも、彼が嫌いになった。できれば朝イチに会いたくない人だ。十六階で彼が降りてから昇る二十一階までに心を取り戻す時間は十分ではなかったがエレベーターを降りていきなり今晩の食事に誘ってくれた部長に救われた。

信頼も含めて仕事でも助けてくれる部長は何故(なぜ)か良いタイミングで現れる人で、たま〜に誘ってくださる夕食のセンスは完璧で部下の労をねぎらう優しさが込められていて、私だけでなく「部長メシ」に誘われるのはとってもご褒美なのである。

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家族を大切にしていて、大人数でツルむような呑(の)みは見たことがなく、部長いわく、会話が最も大切なメインディッシュであるから二、三人での食事を好むらしい。こんなことを言われても決してキザでも嫌味でもないのがこの大企業で得ている地位と信頼に比例しているのであろう。朝から夕食に誘うのは、その日の慌ただしいスケジュールを帰宅まで埋めることにあり、ご自身も一日の締め括りのお酒を大切にしているからだそうだ。とにかく時間を有意義に無駄にしない人であることはその日常の仕事ぶりからも分かる。

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私にとって、あえて位置づけするならば、もちろん恋人の距離でもなく父親の距離でもない、かと言って兄貴でもない、微妙な関係だ。今夜の部長メシのテーマはファッションとお酒の融合のようで、一軒目のシャンパンの製法で造られたスパークリングワインは泡の細かさといい美味でさすがのアルマーニのセンスを楽しめた。

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男:ジャケット¥270,000、シャツ¥31,000、タイ¥31,000、タイバー¥30,000、チーフ¥15,000、パンツ¥74,000、シューズ¥48,000、バッグ¥155,000/すべてダンヒル( ダンヒル 03-4335-1755) 女:ジャケット¥85,000、パンツ¥29,000/ともにチルコロ 1901、カットソー¥22,000/アスペジ(すべてトヨダトレーディング プレスルーム 03-5350-5567)、その他スタイリスト私物

「アルマーニ」から「ダンヒル」のはしご酒、バーテンダー推薦のカクテルを口にしながら部長の顔を見た。

「私……誕生日でしたっけ?」

「ロンドンバック」をひと口呑んだ部長から銀色のリボンに包まれた小さなプレゼントが徐おもむろにカウンターに置かれた。初めて見る部長のはにかんだ子供のような恥ずかしそうな顔がとっても人間的で好きだった。

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「実は僕には家族がいない……」

完璧であると思っていた部長は、この仕事での責任感において妻や家族がいないことが昇進への大きなマイナスになると感じずっと結婚をしていると嘘をついていたのだそうだ。それだけ、この企業での出世への道は苦難であり、部長が仕事一筋に生きてきた証拠でもあり、恋する時間でさえ奪われてしまっていたのだ。

「取り戻したい時間があるんだ……受け取って欲しい」

リボンを解くと何とも言えないキュートな腕時計が現れた。

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今まで分からなかった部長との距離と関係が明確になった夜、亜希子は心の底から現れた無防備な笑顔を隠そうともせず、初めて自分から生意気にもグラスを合わせた。カクテルグラスから「幸せの祝杯の音(ね)」が店に響いた。

プロフィル
岸谷五朗(きしたに・ごろう)
1964年生まれ。19歳から劇団スーパー・エキセントリック・シアターに在籍し、1993年「月はどっちに出ている」で映画初主演にして多くの映画賞を受賞し高い評価を集め、以降テレビ・映画での活躍度を高める。94年に寺脇康文と演劇ユニット「地球ゴージャス」を結成。出演以外に演出・脚本も手がけ、毎公演ともソールドアウト、2018年の作品「ZEROTOPIA」で動員数100万人を超えた。12月1日には、Act Against Anything VOL.1『THE VARIETY 27』が開催予定。

<<岸谷五朗さんが訪れたお店の詳細はこちら

掲載した商品はすべて税抜き価格になります。

「アエラスタイルマガジンVOL.48 WINTER 2020」より転載

Photograph:Yuji Kawata(Riverta Inc.)
Styling:Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up:Yurie Taniguchi
Edit & Text:Haruhiko Ito(Office Cars)

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