特別インタビュー
ネクタイの機会がないというジレンマ
[渋谷直角 男が憧れる、男の持ち物。]
2020.12.08
多才でいてファッションフリーク、渋谷直角の愛用品からそのセンスを探ってみる──。
ビジネスマンに憧れるのは、ネクタイを着けられるところです。フリーランスという職業柄、ネクタイを締める回数は圧倒的に少なくいまのところ人生でもネクタイを締めたのは10回いくかいかないか。そもそもいまだにちゃんと結べているのかわからないレベルです。なおかつマンガ家ともなるとフォーマルな場所にも滅多に行かない。というか、単純に人と会いません。たまに「この先、ネクタイをする回数ってあと何回ぐらいあるんだろう?」って思うと、けっこう寂しい気持ちになりますね。
というのも、実はネクタイを買うのは好きなのです。柄がかわいかったり、変なグラフィックだったりすると、「いつかフォーマルなときに着用しよう!」と思って買っちゃう。目覚まし時計が鳴っていて、日の出と共にニワトリが鳴いている柄や、『鉄人28号』のコマを抜き出してタイル状に並んでいる柄、サッカー選手がみんな転んでいる柄とか。グラフィックだけの安っぽいネクタイではなく、しっかりとシルクで作られたモノでピンと来るものがあると、ついつい手が伸びてしまうのです。
それで、一度も着ける機会がないままもう何年しまってる? みたいな。「これじゃ、ハギレを買ってるのと変わらないじゃん……」ってネクタイにも申し訳なくて。さすがにそんな能天気なネクタイをお葬式には着用できませんし、45歳ともなると結婚式もなかなかお誘いが少なくなって。
いっそ、「ネクタイを着用するためだけに外出をする」という行為を、本末転倒だけどするしかないかな、と思っています。ちょうどこんなネクタイにもバッチリ合うジャケットを、古着屋さんで買ったんです。チャウチャウやプードルなどの愛玩犬がみんなメガネをかけているっていう写実的なイラストが、ジャケット全面にみっちりとプリントされているやつ。ネクタイよりもっとバカ。でも、ただの不気味なおじさんにしか見えないか……。
Photograph: Tetsuya Niikura(SIGNO)
Styling: Masahiro Tochigi(QUILT)