カジュアルウェア
ファッショントレンドスナップ98
スーツの達人直伝。
今春スーツを新調するならグレーのモヘア生地が狙い目!
2021.03.10
ネットニュースを見ているとニューノーマルなビジネススタイルがどんなものかを説明した記事がたくさんアップされています。なかでもよく目にするのは、「テレワークのためスーツが売れなくなった」とか「ビジネスでの服装の自由化が一気に加速」というようなスーツ離れを感じさせるもの。
しかし、街を見てみるとスーツ姿のビジネスマンは健在ですし、コロナ渦の落ち込んだ気分を吹き飛ばすために新しいスーツを買うぞ!と考えている人は多いのでは? 特に今春は、自宅でリモートのときと出社のときのメリハリの付け方がはっきりしてきたように感じます。
リモートワークの反動でスーツが着たいというスーツ愛好家のつぶやきもSNS上で目にしますし……。
ということで、今回はファッションのプロに聞く「今春買うならこの一着」というテーマでスナップを敢行。あまたあるトレンドは無視して、独断と偏見でズバッと一刀両断していただきました。(注1)撮影時のみマスクを外していただき撮影
スーツをご指南していただいたのは、「UNITED ARROWS(ユナイテッドアローズ)のメンズブランド「SOVEREIGN(ソブリン)」のブランドディレクターの太田裕康さん。このブランドは、日本のビジネスマンがリアルにスタイリングできる世界中の名品やオリジナルが有名。個人的には、オリジナルのハンドメイドスーツのクオリティーとコスパの高さは 世界で1、2を争うレベルだと思っています。そのスーツの生地選びから工場への細かな仕上げの指示をしているのがこの太田さん。業界屈指のスーツの達人です。
今回は、太田さんにいま買うべきスーツのポイント教えていただきました。
<ポイント1>
今季のスーツ選びの決め手は色。新たに買うなら迷わずグレー。ミディアムグレーやライトグレーがオススメだそうです。
とは言え、昭和の後半や平成に生まれた方には、グレーのスーツと言ってもピンとこないかもしれませんね。ここ30年ほどはイタリア系ファッションの大ブームの勢いで、スーツ売り場のほとんどがネイビー系でしたから。(注2)リクルートスーツがいつのまにかブラック一辺倒になったのを除き
では、なぜいまグレーなのでしょうか? ネイビー一辺倒への反動とも取れますし、イタリアにはないイギリス的な紳士像(ジェントルマンとかジェンツ)が改めて見直されている……などなど諸説あるようです。
<ポイント2>
生地は無地で、モヘアと呼ばれるれるハリ感があり上品な光沢があるものを。モヘアとは、カシミヤと同じように羊の一種の毛から作られる繊維で、アンゴラ山羊から取れる毛を糸にしたもの。熱をため込まず肌触りがサラっとしているので、春夏のスーツ生地としてテーラー業界では有名です。
<ポイント3>
スーツのデザインはオーソドックスにして、着丈を少し短くしたりベルトをしない仕様(ベルトレス)を選ぶなど、ぱっと見ではわからないディテールにトレンドやこだわりを注入。
ここでスーツの着丈がそんなに大事なの?と疑問をお持ちの方に説明を。
太田さんの着丈は親指の第一関節くらいですが、これは現在の日本のスタンダードな着丈で、ブランドごとに上下1〜2cmくらいしたものがよく出回っています。しかし、2000年代以前は親指の先にくるくらいの長さが王道だったのです。2000年以降はイタリア的な軽快感を出す流れと、ファッション全体がスポーティーになってきたことから少しずつ短くなってきました。
取材中に太田さんが、いま着ているブランド「LIVERANO & LIVERANO(リベラーノ&リベラーノ)」のもので、1996年にオーダーしたものがあるので比べてみますか?とおっしゃるので、確認してみるとなんと4cmも昔のものが長く、ラペルの返りや胸ポケットなどのバランスがかなり低めに仕立てられていました。クラシックで普遍が信条のフィレンツェのサルトリアでさえも、この20年でこのように微調整が行われていたのです。
太田さんグレースーツのコーディネートで見逃せないのがこのVゾーン。グレーのオーソドックスなスーツがモダンなイメージ見えるのは、ここにプロならではのテクニックが隠されていたから。
まずはこの白シャツのエリ先をよく見てください。小ぶりのエリからネクタイ越しにシルバーの安全ピンのようなものが貫通しています。これはピンホールシャツとかピンホールカラーと呼ばれるもので、日本では「Ralph Lauren(ラルフローレン)」のカタログや広告によく載っていたこともあり、1990年代にファッション関係者を中心にプチブレーク。
最近では、映画007でジェームス・ボンド役のダニエル・クレイグがトム・フォードのスーツにピンホールカラーシャツを合わせていました。
そしてグレー×ブラックという色数を抑えた変則レジメンタルタイも名脇役でした。小さくキュッと締め上げ、シャープなVゾーンをアピールしています。 全体で見るとシックでモード感のある斬新なコーディネートが完成しています。
足元はブラックのタッセル シューズ(クロコ革)で、パンツの裾はくるぶしが隠れるくらいのやや短め。ソックスを靴と同じ色にすることで、パンツの短かさをうまくカモフラージュしています。このパンツの丈は、クリースがきれいに一直線に出るので脚が長く見える効果があるとか。確かに立ち姿はとてもきれい。
ただし座る時間が長い人は、もう2cmくらい長くして、軽くクッションが入る長さがいいかもしれませんね。この辺は、ルールはないので個人のお好みと言えますが、どちらにしてもひざ下まであるホーズと呼ばれる長靴下を履くように。
今回は太田さんの付けていた時計も撮影させていただきました。シンプルな3針のビンテージ。こうしたスーツのときは、ダイバーズやパイロットウォッチなどのスポーツ系ではなく、クラシックなデザインの時計がいちばん合いますね。
よ〜く時計の文字盤を見ると、「PATEK PHILIPPE(パテック フィリップ)」の文字が! パテック フィリップは1839年に創業された時計メーカーで、ヴァシュロン コンスタンタン、オーデマ ピゲとともに世界三大高級時計メーカーのひとつとして数えられる最高峰のブランド。 この辺のさりげないチョイスに太田さんのこだわりや人柄が感じられました。
今回の太田さんのコーディネートをそのままキープしつつ、手に入れられるもので再現したのがこれ。本命のミディアムグレースーツは、日本を代表する服地メーカー御幸毛織(みゆきけおり)のトップクオリティーのモヘアを使ったもの。日本人の体形を研究し尽くしてたどり着いたソブリンならではのデザイン&パターンが秀逸です。
今回のスーツの生地は名古屋市に本社を置く服地メーカー御幸毛織のもの。1905年創業という老舗で、日本のスーツの歴史を作り上げてきた影の立役者というような存在。その自信作がこちらのチャンピオンモヘア。御幸毛織の最高級の生地作りの結晶とも言えるもので、昔ながらの低速織り機で作られる生地は、ビンテージ感と独特のつやがあるのが特徴。今回のスーツには、打ち込みのしっかりした重い(生地のウエイト)生地は避け、持ち味は損なわない程度に軽くしたモヘア生地を使っているそう。
シャツは、ユナイテッドアローズのタブカラーシャツをチョイス。太田さんが着ていたピンホールシャツは、日本ではなかなか見つけにくいレアなシャツですが、こちらのタブカラーシャツは、オーダーシャツではよく見かける襟型。ここ1〜2年くらい前からは、大手セレクトショップがイタリアのシャツメーカーに別注をかけたものが出回るようになり、雑誌やSNSでよく見かけるようになりました。
掲載した商品はすべて税抜き価格です。
Photograph & Text:Yoichi Onishi