特別インタビュー
ブルネロ クチネリ=2021年の「ニュートラ」説。
2021.04.28
ファッションエディターの審美眼にかなったいま旬アイテムや知られざる名品をお届け。

サヴィル・ロウの格式にビビってたじろいだり、クラシコイタリアの艶(なまめ)かしいスーツに鼻血が出そうになったり。いままで僕は、クラシックファッションの真髄的なものを夢中で追いかけてきたけれど、気がついたら世の中はずいぶん変わっていたわけで。だからすこし寂しいけれど、そろそろ背伸びはやめにして、自分の足元にあるものを見直すべきとき、なのかもしれない。
そんな思いで毎日を過ごしていたら、ほら、早速見つかった。自分という存在の根っこにある、「トラッド」という価値観が。真っ白なボタンダウンシャツ、浅草の洋食屋さん、ファイヤーキングのマグカップ……。久しぶりに向き合った“僕にとっての”トラッドは、まるで高校の同級生みたいに気やすくて、からだにも心にもピタッとくる。ミリ単位で補正したビスポークスーツのフィット感よりも、いまの自分にはこっちのほうが快適なんだ。
浮世離れしたラグジュアリーとはすっかり縁遠い世界にいる僕だが、それでもブルネロ クチネリというイタリアブランドには惹(ひ)かれてしまう。妥協を許さない素材と、職人によるモノづくりゆえ、どうしても高価になってしまうが、フラノの紺ブレやラガーシャツなど、その洋服のベースにある思想は、間違いなくトラッド。だからいまの僕にだって似合うし、浅草の洋食屋さんにだって映える。社会貢献に熱心な点も、トラッドの精神にかなっている。
こういう新しいトラッドの概念をどう呼ぶべきか……? そう思いながら今季のコレクションをチェックしたところ、目にとまったのがライン入りのカーディガン。金ボタンといい、ポケットのフチにまで入ったラインといい、これってまさに、1970年代後半~80年代前半にかけて一世を風靡(ふうび)したニュートラッド、略して「ニュートラ」だ!
というわけで、ブルネロ クチネリ=現代の「ニュートラ」説。単なる流行にはもう乗れないけれど、こんな説には進んで乗ってみたい。
山下英介(やました・えいすけ)
ライター・編集者。1976年生まれ。『LEON』や『MEN'S EX』などの編集や、『MEN’S Precious』のクリエイティブ・ディレクターに従事した後、独立。趣味はカメラと海外旅行。
Photograph: Yuji Kawata(Riverta Inc.)
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)