カジュアルウェア
“無我の境地”ジーンズ。
2021.05.17
ファッションエディターの審美眼にかなったいま旬アイテムや知られざる名品をお届け。
僕たちの世代にとって、ジーンズとは自己表現の手段だった。
圧倒的なステイタスとして君臨する、リーバイス®やリーのビンテージ。こだわりを気軽にアピールできる、いわゆる復刻系。ちょっとひねくれたフレンチ系やサブカル好きが選ぶ、A.P.C.。趣味のよいモード派、ヘルムートラング。美容師やファッション専門学校生のアイコン、クリストファー・ネメス……。いまの若い人たちには理解されないと思うが、僕は1990年代後半くらいまでだったら、はいているジーンズさえ見れば、その人がどんな音楽を聴いて、どんなお店で遊んでいるのか、瞬時に当てられた。だって洗い方ひとつとってもね……(以下省略)。
でも、そんな時代はもはや昔のこと。かつて復刻系ブランドが誇らしげにアピールしていたカイハラデニム製ジーンズも、パリコレデザイナーがディレクションしたジーンズも、5000円以下で買えてしまう2021年。ジーンズで自分を表現するのは至難の業だ。
だったらむしろ、徹底的にこだわりを捨てたほうが格好いいんじゃない?というのが僕の結論。たとえばL.L.BEANの『ダブル・エル・ジーンズ』なんて最高だ。へそまで隠れるような深い股上や、フラットなストーンウォッシュ、テーパードしたシルエットを特徴とする、まさにリアル・アメリカン・ジーンズである。正直いって、お世辞にも洗練とは程遠い。しかし都会的なデザインやビンテージ的うんちくには目もくれず、ただひたすら頑丈に、そしてはきやすくつくった結果がこれだ!と開き直ったようなたたずまいは、かえってすがすがしくもある。
“無我の境地”とでもいうべき着こなしが完成するのか? それともただのオジサンで終わるのか? いまどき珍しい、はく人のセンスが問われるこのジーンズ。僕はブルックス ブラザーズのボタンダウンシャツに、オールデンの革靴を合わせるような正攻法のスタイルで臨もうと思うが、どうだろう?
山下英介(やました・えいすけ)
ライター・編集者。1976年生まれ。『LEON』や『MEN'S EX』などの編集や、『MEN’S Precious』のクリエイティブ・ディレクターに従事した後、独立。趣味はカメラと海外旅行。
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Photograph: Yuji Kawata(Riverta Inc.)
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)