お酒
岸谷五朗が綴(つづ)る
男と酒の物語。
2021.10.06
自転車時代の子供の頃、単身赴任でヨーロッパに居た父から月に一度、母へ手紙が来ていた。長いひと月分の出来事が詰まった手紙である。気付いた事がある。そろそろ、郵便屋さんから手紙が届く数日前から母がソワソワし始める、手紙が来ないとその夜の食卓はなんだか暗く母の横顔は悲しそうであった。そして手紙が届き封を開ける時、母の期待に満ちた可愛らしい顔が手紙を読みだせば弾ける笑顔となり開花する。
郵便屋さんは手紙を届けているのではなく、間違いなく尊く掛け替えの無い「心と愛」を封書に認したためられたものを届けてくれている。忘れられない母の顔が、バイク時代からそんな幸せの笑顔を見られる職業に就けたらと思わせた。車時代に、職種は違うがアパレルに進んだのは服を選ぶ期待に満ちたお客さまの顔、そしてその服を購入された時の幸せの笑顔に満ちた職場が夢であったからだ。期待どおり日々が幸せの笑顔と会話で満たされていた。
しかし事態は大きく変わってしまった。未知なるウイルスの出現は、私の大好きな「戯れ」を葬り去った。行き交う人々が創り出す街の「表情」が消えた。マスクに覆われ言葉は悪しきモノとされ、仲間と会えなくなり新たな友との出逢いが無くなった。満足するまで存在してくれた弾けた夜に制限が生まれた。こんな日常が来るとは、世界中が思っていなかった……。