お酒
岸谷五朗が綴(つづ)る
男と酒の物語。
2022.01.21
ディスタンスをとり無条件にビールを流し込む。染み渡る爽快感と流れ出す今日という濃い時間。リラックスというアルコールが全身から「力み」という毒を排除してくれる。大好きな人との格別な時間が始まった。2杯目のバランタイン17年ロックを口にしたとき関さんがポツリと言った。「仕事、辞めなければならなくなった……。こんな時期に残念だが」。時間に穴が開き時が止まった。数秒後に早くも不安が押し寄せた。この人無しで仕事はやっていけない「どういうことですか……」そう返すのがやっとだった。
関さんの実家は由布院で老舗の旅館経営をしていてコロナの煽(あお)りを受けて経営がどうしようもなく、戻ってきてほしいと実兄に懇願されたという。兄からの頼まれごとは人生初で、何よりも弱りきってしまっている兄に驚いたそうだ。それほど生きることが困難な時代になっている。「お前には先に告げておこうと思って……。だから今日は別れの酒だ」。突然、涙があふれた。自分でも驚くほど、この人を失うことに涙が止まらなかった。それだけ、全てを教えてくれた唯一無二の先輩であった。