週末の過ごし方

12年目で開花の岸部桃子は“稼げないプロ”の希望
東日本大震災で自宅全壊「ゴルフができることに感謝」。

2022.11.18

写真・図版
写真:日刊スポーツ/アフロ

国内女子ゴルフツアーは、若手が活躍し、30代選手も奮闘している。ツアー全体のレベルが高くなり、毎試合、ギャラリーやテレビやネット中継を見るファンを喜ばせている。11月の伊藤園レディスでは、28歳の岸部桃子も輝いた。21歳の山下美夢有、憧れてきた36歳の上田桃子と優勝を激しく争っての2位。プロ生活12年目にして、初めて年間シード(優先出場)権を確定させた“苦労人”の歩みを紹介する。

伊藤園レディス2位 初めてのシード権確定「自信に」。

岸部は、最後まで脅威になった。1打差で追う18番のグリーン。10メートルのバーディーパットは、フックラインに乗ってカップのわずか手前に止まった。重圧のかかる場面。テレビ中継の解説を務めた戸張 捷氏に「いいパットでしたね。素晴らしいです」と言わしめた。その後、首位の山下が3メートルのパーパットを決めて、ツアー優勝は飾れなかったが、岸部は勝者を称えて言った。

「ランキング1位の山下さんは入れてくるだろうなと思っていました。ただ、私も一日をトータルしたら落ち着いて自分のプレーができたので、そこは自信になりました」

4月の富士フイルム・スタジオアリス女子オープンで、初めて最終日最終組を経験した。だが、後半にスコアを伸ばせず、優勝した上田に4打差の6位で終えた。そして、再びの優勝チャンスを前に「最後まで食らいつきます」と言い、有言実行した。勝てはしなかったが、メルセデス・ランキング(MR)は45位から38位に浮上。1試合を残して、同50位以内に与えられる来季シード権を確定させた。前年までは、賞金ランキング50位以内でもシード権を得られていたが、岸部は100位以内にも入ったことがなく、劇的な成長を示した。

岸部は福島・いわき市出身で8歳からゴルフを始めた。プロを目指して練習に打ち込んでいたが、2011年3月11日、東日本大震災で被災した。当時は、福島第1原発に近い福島県立富岡高の2年生。実家は倒壊し、放射能の恐怖も感じながら避難した。そして、一家で千葉県内へ。家族に支えられながらゴルフを続け、翌12年7月の最終プロテストに一発合格した。

しかし、体重44キロと細身。低いボールのフック(右から左に大きく曲がる球筋)でドライバー飛距離は平均240ヤードだったが、グリーンでボールが止まらないことを悩みにしていた。賞金を稼げる状態にはなく、レギュラーツアーでの賞金は15年シーズンまで0円。翌16年になって2試合で予選を通過し、62万5500円を稼いだものの、17年、19年も0円。同年までの8年間での通算賞金額は、90万5500円だった。その間、岸部は下部のステップ・アップ・ツアーを主戦場とし、1696万5094円を獲得。16年シーズンには優勝も飾っているが、経費のかかるツアープロの生活では、不十分な収入だった。

実は多い賞金0円のプロ……段ボール工場で働いた選手も。

実は、岸部のような「稼げないプロ」は多くいる。現在、プロテストに合格するなどした日本女子プロ協会(JLPGA)の会員数は約1200人で、今季は第36戦の伊藤園レディス終了時点でレギュラーツアーに出場できた選手は計229人。うち53人は獲得賞金0円だった。その中には、15年フジサンケイレディスの優勝者の藤田光里も含まれている。藤田は今季ステップ・アップ・ツアーで497万1000円を獲得。複数スポンサーとの契約料、イベント出演収入もあるが、実績のないプロは、レッスンやプロアマ戦出場、アルバイトで生計を立てている。14年伊藤園レディスで初優勝した前田陽子は当時、「5度目のプロテストで合格しましたが、ゴルフだけでは食べていけなくて、21歳のころからはダンボール工場でアルバイトをしていました。練習は16時に勤務を終えてからでした」と明かしている。

岸部は、稼げなかった時代の収入源を語ってはいないが、ゴルフで稼げるようになるために、地道な努力を続けていた。今季第2戦の明治安田生命レディスで7位に入った際には、こう話している。

「(被災した)当時のことは鮮明に覚えています。なので、プレー中にめげそうになっても今、ゴルフができることに感謝しています」

状況を打破するために、スイング改造に取り組んだ。ボールがグリーン上で止まるように、持ち球を低いフックからフェード(左から右に小さく曲がる球筋)に変更。結果、飛距離は220ヤードになった。その分を取り戻すべく、体重増を目指して現在は13キロ増の57キロ。飛距離も240ヤードに戻ったという。

「とりあえず、必死に食べました。弁当2個はしんどかったですが、胃が大きくなって今では『めっちゃ、食べるね』と言われます(笑)」

コロナ禍の試合減で20―21年統合シーズンとなった昨季は、レギュラーツアーで660万1272円(賞金ランク105位)、ステップ・アップ・ツアーで784万6800円(同8位)を稼いだ。ツアー最終予選会(QT)は22位。今季は開幕戦らレギュラーツアーで戦い、31試合出場、トップ10入り3度、獲得賞金3376万5200円(同40位)(伊藤園レディス終了時)。初優勝のチャンスを築いた伊藤園レディス第2日には、自己ベストスコア65もマークした。文字どおり、努力が報われた形だ。それでも、岸部は言った。

「最終戦に出ることが目標なので、次の試合(大王製紙エリエールレディス)も頑張ります」

最終戦とは、11月23日開幕で第38戦JLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップのことで、今季ツアー優勝者、第37戦大王製紙エリエールレディスまでのMR上位者らの計40人が出場できるメジャー大会。大王製紙エリエールレディスの予選落ちで、その思いは叶わなかったが、現状に満足しない姿勢がそこにあった。彼女の飛躍は、「稼げないプロたち」にとって大きな希望。その注目度は今後、高まっていきそうだ。

>>復活優勝の金田久美子、「天才少女」だった頃に見せた“鋼のメンタル”

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