週末の過ごし方
京都の老舗企業はソーシャルグッドで進化する
【センスの因数分解】
2023.03.01
今も日本の伝統が大切に守られる古都・京都。その一方で、実は京セラや任天堂など、地場の企業はイノベーティブであることもひとつの特徴であるようです。
今年で創業113年となる京都市の第一工業製薬は、“素材の会社”として、いわゆるB to Bを主としています。人工衛星の部品から、スナック菓子によりサクサクとした食感を持たせるための材料や、ペンのなめらかな書き心地を実現させるための原料など、宇宙から子どものおやつに至るまで、さまざまな素材をメーカーに提供してきました。そんな企業が満を持してライフサイエンス事業を立ち上げ、B to Cに参入したのです。この企業の一大チャレンジの中心にいるのが、坂本隆司会長です。
「1973年以来、49年ぶりに小売業へ進出します。その始まりに、私が“仙人”と呼び敬愛しておりました故・鈴木幸一岩手大学名誉教授との出会いがありました。彼は蚕の蛹(さなぎ)から冬虫夏草を育てる研究の第一人者です」
故・鈴木名誉教授との出会いを発端にして、蚕の蛹から冬虫夏草の一種「カイコハナサナギタケ冬虫夏草」の生産と研究をするバイオコクーン研究所が同社に仲間入りしました。そしてカイコハナサナギタケ冬虫夏草のサプリメントを開発・販売することとなったのです。名付けて『天虫花草』。
「カイコハナサナギタケ冬虫夏草には、有用成分であるナトリードが含まれていることを、バイオコクーン研究所が見いだしました。これは認知症をはじめとする来たるべき高齢化社会の課題解決の道標になる可能性を含んでいます。機能性探索には私もモニターとして参加し、毎日摂取して確認しました。結論から申しますと効果はデータに表れていましたよ」
また老舗企業の挑戦は、高齢化社会だけでなく、環境問題へのひとつの回答にもつながっていました。カイコハナサナギタケ冬虫夏草は、カイコの蛹から生まれますが、これは養蚕業では今まで産業廃棄物となっていたものです。本開発は、産廃が健康食品へ転じるという環境問題解決の要素も併せ持っています。それをフックに、環境に対してさらなる働きかけも始めようとしています。
「カイコハナサナギタケ冬虫夏草を支えているのは、カイコ、つまり養蚕です。バイオコクーン研究所には養蚕の要となる桑畑がありますが、わが社ではそのほかにも、この事業を支えてくれる桑の木を1億本植樹するというプロジェクトを、地方自治体などと手を組んで進めようと考えています」
さらに天虫花草は、京都の人気ショコラティエである『アッサンブラージュ・カキモト』とコラボレーションを実現。今後は桑の木というキーワードから、異業種との共同プロジェクトも計画しているそうです。
「冬虫夏草もいわばキノコの一種ですから、食の分野でいろいろな派生が見込めると思っています」
宇宙事業を下支えする一方でペンの書き味をなめらかに、お菓子の食感をより良くなど、京都の老舗企業はテクノロジーを用いながら、人が楽しく、心地よく暮らせる日常に寄り添ってきました。そんな背景を抱きながら、より良い未来に向けた新たなチャレンジを、ソーシャルグッドとユニークなアイデアで進めているのです。
「企業の理想とは、規模が拡大成長することだけに限らないと私は考えています。独自性とほかにはない輝きを持っていることも大切ではないでしょうか? 私たちは社会に求められる事柄を、自分たちの個性を大切にしながら提供していきたいと考えています」
規模の大きさよりも個性の豊かさ。古都・京都にある老舗企業の挑戦は、保守ではなく革新と独自性を持って次の時代を見据えているようです。
PHOTOS:Bow Plus Kyoto Co., Ltd.