週末の過ごし方
上白石萌歌さんがいざなう、東京“名建築/名作デザイン”散歩
第4回 うつわ楓
2023.04.07
身近にあるからこそ見落としがちですが、伝統的な文化や芸術など、日本にはまだまだ世界に誇れるものが数多く存在します。本連載では、“和のデザイン(意匠)”をキーワードに、俳優の上白石萌歌さんと一緒に都内のスポットを巡ります。主語が大きな「日本はすごい」ではなく、個々の職人さんや作家さんの卓越した技術とみずみずしい感性、そしてそこに流れる和の心を読み取れば、新たな発見と気付きが見つかるはずです。
最終回は、東京・南青山にある器のお店「うつわ楓」にお邪魔します。民藝運動に端を発した“用の美”という言葉があるように、美術品や骨董としての価値を内在しつつ、使うことでよりその美しさを際立たせるのが器です。暮らしに豊かな彩りを添えてくれる“うつわ”という奥深き世界を、上白石さんと一緒にのぞいてみるとしましょう。
「ちょっとしたものでも良い器に盛るだけで、ぐっとステキな食事に変わるのが不思議ですし、すごく面白いですよね」
俳優やアーティスト活動に加え、今年3月までは大学生として多忙な日々を送っていた上白石さん。それでも、普段はできるだけ自炊を心掛けているそうで、自身のインスタグラムには手作りのプリンやクッキーの画像を上げるなど、ファンの間では料理好きとしても知られています。
ここ「うつわ楓」には、店主である島田洋子さんが全国各地から集めた日本人作家の食器や花器などが並びます。元々、桶屋だったという古い民家を改装した店内の一角には、色とりどりの器をディスプレーした畳敷きの小上がりが併設。通りに面した採光たっぷりの大きなガラス戸は、器の釉薬や質感などを自然の光を通して確認してほしいという島田さんの心遣いから。上白石さんが古道具などを扱う益子のショップ「pejite(ペジテ)」にプライベートで訪れているという話から、お互いの共通点も見つかり二人の会話も弾みます。
「出身は鹿児島なんですけど、家には益子焼の器が多いんです。特に飴釉(透明感のある飴色の釉薬)の器を集めていて、土っぽい色合いのものが好きです。
こちらでは、店主の島田さんの説明を聞きながら、1枚のお皿に込められた作家さんの思いや、どんな土が使われているのか、どんな窯で焼かれたのかを色々と想像するのも楽しいですね」
そう言うと、店内にある器を真剣に物色しはじめ、気分は完全にお買い物モード。かと思えば、ものの10分ほどで「実はもう欲しいものが決まっているんです!」と、潔いほどの即決ぶり。常に周囲に気を配り、どんなときも穏やかな姿勢を崩さない上白石さんですが、ここぞというときの気っ風の良さには驚かされます。
まず、最初に選んだのは、藍色のような奥行きのあるブルーが特徴の臼田けい子さん作の小さな角鉢と豆片口の2点。スクエアなフォルムが印象的な角鉢は、スーパーで売っているしめじのプラスチック容器から型をとっているそうで、その柔軟なアイデアに、器が有する自由な創造性が見て取れます。
「臼田さんの瑠璃色の器は、何を盛ったらいいのか悩まれるお客さまも多いのですが、上白石さんが即決されるのを見ると本当にお料理がお好きなのがよくわかりますね」と、その即断ぶりに島田さんも驚いた様子。
「どんな使い方を考えていますか?」とこちらから尋ねると、「角鉢のほうには副菜ですかね。にんじんしりしりなんて良さそうじゃないですか?」と当意即妙な答えが。鮮やかな瑠璃色とコントラストを成す人参のオレンジ、その配色の妙たるや“色彩の魔術師”とうたわれた彼女が大好きなマティスの絵画をほうふつとさせます。
もう一点選んだのは、香川県を拠点に活動する作家、村尾一哉さんの五寸リム皿。島田さんによれば、釜の中の酸素がなくなる「還元焼成」の特性を生かして作られたもので、グレー地に入り混じる淡いピンクが特徴です。ひとつずつ微妙に表情が異なるため、それぞれ手に取りながらお気に入りの1枚をじっくりと選ぶ上白石さんの姿が印象的でした。
取材に訪れた日は常設の品ぞろえでしたが、「うつわ楓」では月に2回のペースで作家の展覧会を開催しています。
「器の種類や季節といったテーマに合わせるのではなく、作家さんがいま本当に作りたいものを紹介して、お客さんに見てもらいたいと考えています。素材や作風は全然違うけど、この人とこの人の器が同じ食卓に並ぶとすごくステキなんだろうなと想像しながら、合同展を企画することもありますよ」(島田さん)
こういったある種の編集的な感覚は美術の世界でいうキュレーションに通ずるものがあり、上白石さんが器にひかれる理由もそんなところにあるのかもしれません。
「島田さんがとても親切で、作家さんおひとりおひとりに丁寧に向き合ってらっしゃるのを感じますね」と、上白石さんが言うように、お店からの提案やスタッフとのコミュニケーションを通して偶然の出合いや発見につながることは、リアル店舗ならではの醍醐味(だいごみ)と言えるでしょう。
器の世界には“育てる”という概念があると、島田さんは言います。
「特に陶器と呼ばれる土でできている器は、使い込むほどに食べ物の色などが徐々に染み込んで表情を変えていくことから、経年変化を楽しみながら永く使っていくことで、ほかにはない自分だけの大切な器になります」
育っていくうえでさまざまな経験が不可欠なのは、上白石さんが主戦場とするエンターテインメントの世界も同じ。
自身のSNSでの卒業報告にあたり、「大切な友達や大学でしか得られない学び、かけがえのない財産をたくさんもらいました」と語っていた学生時代の経験。そして、大好きな美術や音楽、文学といった豊富なインプットが俳優やアーティストとして成長していく過程で、血肉となっていることは間違いありません。この日、彼女が買い求めた器が年月を経て風合いを増していくように、上白石さん自身もまたその魅力をさらに重ねていくことでしょう。
〈上白石萌歌(かみしらいし・もか)〉
2000年2月28日生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディション、グランプリ受賞をきっかけに芸能界入り。2018年、『羊と鋼の森』で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近年の主な出演作に映画『子供はわかってあげない』(21/主演)、『アキラとあきら』(22)、ドラマ『金田一少年の事件簿』(22)、連続テレビ小説『ちむどんどん』(22)、ドラマ『警視庁アウトサイダー』(23)などがある。また、アーティスト名義adieu(アデュー)として音楽活動も行う。4月スタートの金曜ドラマ「ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と」(TBS系)に出演予定。
〈訪れた場所〉
うつわ楓
青山通りの1本裏手に入った住宅街にある器の専門店。1998年のオープン以来、20年余にわたって近隣で営業を続けてきたが、2021年3月に現在の場所へと移転。元々、桶屋を営んでいた古い民家を改装した空間には、店主の島田洋子さんがセレクトした上野剛児氏、菅野一美氏、大澤哲哉氏、小林慎二氏、アキノヨーコ氏などの食器、花器、カトラリーなど、すべて日本人作家の作品がそろう。常設以外に、月2回のペースで展覧会を開催しており、4月は『長谷川奈津 陶展』(4/19〜4/24)、『大澤哲哉展』(4/26〜5/1)が開催予定。
東京都港区南青山4-17-1 1階
TEL:03-3402-8110
営業時間:12:00~19:00
定休日:火曜日・(個展会期以外の)月曜日
http://utsuwa-kaede.com
ジャケット¥79,200、シャツ¥66,000、パンツ¥102,850/すべてマメ クロゴウチ(マメ クロゴウチ オンラインストア)、イヤカフ¥4,180、リング¥3,960/ともにルイエン(ルイエン)
【お詫び】2023年3月24日(金)に発売されたアエラスタイルマガジン誌(vol.54)P.126のメインカットに、画像が歪んで印刷される不備がございました。読者の皆様、及び関係者にご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。適正な画像は以下のページのTOPでご覧くださいませ。
https://asm.asahi.com/article/14861969
Photograph:Satoru Tada(Rooster)
Styling:Ami Michihata
Hair & Make-up:Maiko Inomata(TRON)
Text:Tetsuya Sato