特別インタビュー

株式会社Voicy 代表取締役CEO
緒方憲太郎 インタビュー[後編]
[ニッポンの社長、イマを斬る。]

2023.04.10

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国内最大級の音声メディアを運営する株式会社ボイシー。35歳で起業した緒方憲太郎代表取締役CEOの座右の銘は「道に迷えばオモロイ方へ」だ。その紆余曲折と同社のこれからを語ってもらった。

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「ながら聴き」という再発見

2016年2月、緒方はエンジニアの友人とボイシーを立ち上げた。当初の反応はさんざんだった。「音声メディア? なんで今さら?」と失笑された。出資を頼みに行こうものなら「株式の60%を譲渡するなら考えてもいいけど」と返されたり。「ミジンコみたいな扱いでお金も人も集まらない。ただ、スタートアップ支援のときにその種の話はたくさん聞いていた。ショックを受けた起業家に『大丈夫だ! 頑張れ』と発破をかける立場でしたから、ああ、来たなという感じではありましたね」

当初はニュースアプリが主体だった。新聞社から記事を借り、声のプロがニュースを読み、ちょっとしたひと言を添える。記事がないと人はしゃべれないものと考えていた。だが、ふたを開けるとリアクションが集まったのは「ちょっとしたひと言」のほうだった。

「声のブログはそこから生まれたんです。台本がなくてもいい、動画やテキストのように手間のかかる編集は必要ない。そのまま流した方がリスナーには喜ばれる。音声には人の温かみがあって距離も近く理解されやすいんですね」

結果的にこれが当たった。2018年を過ぎる頃からインフルエンサーがこぞって使いはじめ、ボイシーの快進撃が始まった。隙間時間あらばスマホで検索をする現代人にとって耳からの情報収拾─眼精疲労にも悩まされることのない─「ながら聴き」は再発見だった。コロナ禍により人と話すことが減り、その反動から「声のぬくもり」に関心が向きはじめたこともある。会員登録者数は22年12月には165万人を突破。当初は難航を極めていた資金調達も累計36億円を超えた。

「耳からのコンテンツは老若男女誰に対しても開かれています。『50歳からのキャリア論』や『中高生に向けたお金や死の話』など扱いたいテーマはまだまだある。まずは聴いてみようと思ってもらうことも、そこからマネタイズすることもハードルは高いですよ。だけど、事業として成り立つところまで持っていかないと僕らの負け。まだまだこれからなんです」

メンタルは鍛えられると思っています

さて、インタビュー中、緒方が考え込んだ瞬間があった。余暇のショットを提供してもらえないかと尋ねたときだ。「今はオンとオフの境はないんですよね。休みの日にも仕事してますけどそれが楽しいというのか。プラモデルを作っている感覚に近いんですよ」。

20代の頃と仕事観は百八十度変わった。一方で、今そう思えないビジネスマンが、どうすればその感覚を手に入れられるのかとも思う。

「自分の属性に合った仕事を見つけられるのが一番なんですけど、仕事をスポーツのひとつだと思えば見方も変わるのかなと。仕事に関しては『働く時間はできるだけ少ない方がいい』といった風潮がありますよね。でも、これがサッカーだったら『ボールを多く蹴ったから損した』なんて言わないでしょう(笑)。ろくに練習もせず、試合にだけいきなり出て負けてばかりだったらそれは楽しくないですよ。パフォーマンスを生めるようになるほど良い循環に入ってくるものだとは思うんですね」

もちろん、起業から向こう、キツい経験は数え切れないほどあった。「あと2カ月しか資金が持たない。給料が払えなくなったらどうしよう」と愕然とした日もある。事業が成長軌道に乗ったと思いきや社員が立て続けに辞め、右往左往したこともある。そもそも笑顔を作りたくて生み出したサービスにクレームがつくこともある。己の力不足を悩み、コーチングを頼んだり経営者仲間に相談しながらここまできた。

ただですね、と緒方は言う。

「メンタルって鍛えられると思うんですよ。もちろん、人間って相手の限界を考えずに期待しがちな面もあるので、ベストを尽くしたらそれ以上は仕方がないと割り切ることも必要です。だけど、思い悩む時期ってだいたいベストを尽くし切れていない。今は社会全体のメンタルが弱っていますし、そこを狙ったコンテンツも多くなった。だからこそ、僕らは弱さに逃げ込むのではなく社会を前に進める事業を作っていきたいんです。ボイシーを聴くことでこんな生き方もあるんだよ、リアルでも頑張っていこうと思えるようなプラットフォームを作りつづけたいですね」

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休日は起業家たちの相談に乗る。「楽しいですよ。恋愛相談に乗ってるようなスタンスかも」と笑う。

<<インタビュー前編はこちらから

プロフィル
緒方憲太郎
大阪大学基礎工学部卒業後、大阪大学経済学部卒業。2006年、新日本監査法人で公認会計士としてキャリアをスタート。Ernst&Youngニューヨークでの現地勤務を経て、トーマツベンチャーサポートにてスタートアップ支援。15年、医療ゲノム検査事業のテーラーメッド株式会社を創業、3年後に事業売却。16年、株式会社Voicyを創業した。著作に『新時代の話す力』(ダイヤモンド社)、『ボイステック革命 GAFAも狙う新市場争奪戦』(日本経済新聞出版)がある。

「アエラスタイルマガジンVOL.54 SPRING/SUMMER 2023」より転載

Photograph: Kentaro Kase
Text: Mariko Terashima

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