特別インタビュー

いま描く、コロナ後のイタリアとラルディーニの未来絵図。

2023.08.29

いま描く、コロナ後のイタリアとラルディーニの未来絵図。

全世界で感染者6億8千万人以上といわれる新型コロナウイルスの流行による人的・経済的な打撃は、あまりにも大きかった。ファッション業界に於いても、その影響は無視できない。毎年イタリア・フィレンツェで開かれているピッティ・イマジネ・ウオモは開催中止(2020年6月)と、来場者数の大幅な落ち込みに直面した。

2021年の記念すべき第100回は出展者数、来場者数とも激減していた。その後、徐々に持ち直したが、今年1月の開催時は来場者数1万8000人と最盛期の半分である。期待された今年6月開催字も来場者数は1万7000人と奮っていない。

来場者数の減少は、そのまま出展ブランドの減少にも繋がっている。ピッティ側は「一時的なもの」とアナウンスしたが、生地の調達や工場の可動制限ととともに、世界的な紳士服のカジュアル化もあり、ピッティの存在意義があらためて考え直される機会となっているようだ。

ピッティとの付き合い方を再考したブランドのひとつにラルディーニがある。今年5月に来日したディレクター、ルイジ・ラルディーニさんに現地の様子とブランドの現在、そして未来について話を伺う機会を得た。

コロナ最大の損失は熟練した技術をもつファミリーの離脱

ラルディーニ社のディレクターを務めるルイジさんは、来日時もピッティ会場でも、いつも自社のスーツ姿だった。しかし、この日は取材の前後に商談のスケジュールが入っているにも関わらず、取材に訪れたオフィスではニットのカーディガンを羽織っていた。

「コロナの流行が落ち着いてから、ヨーロッパのファッションにも変化が見られるようになりました。週に7日スーツを着ていた私が、いまでは週に4日しかスーツの日がありません。他の日はブルゾンやカーディガンを着て出社することが増えたのは、感染を避けるため出社の時間帯や人員を減らすといった、さまざまな取り組みが影響しています」

イタリアでも大手企業は日本同様、在宅勤務やウェブ会議を導入したり、午前と午後で勤務体制を分割するなどしてフロア人員を減らす措置が取られたという。半日しか出社せず、来客との面会もない働き方改革は、服装を考え直す機会となったらしい。さらに初期の新型コロナウイルスは高齢者への影響が大きいことから、イタリア国内ではある一定の年齢以上の労働者には出社のみならず、退職を依頼するという措置がとられたとも。このことがラルディーニ社に限らず、多くの製造業に影響を与えたとルイジさんはいう。

「ラルディーニ社でも、様々な知識と技術をもつ熟練職人たちが何人も引退を余儀なくされました。幸い若い技術者が育っていたので、品質管理に影響は出ませんでしたが、長く一緒に働いてきた仲間たちが会社を去っていったのは辛いこと。いまからでも戻ってきて欲しいと思っていますが、人事も大きく変わったので簡単なことではないでしょう。」

同じ釜の飯を食ってきた仲間が去っていくことに胸を痛めているというルイジさんの言葉は、”ファミリー”を大切にするイタリアらしい一面。しかし自社だけでなく、この人員整理によって大きな影響受けた関連他社からの影響が、ラルディーニ社にも降り掛かっていた。

「生地の取引先からは、人員不足で納品が遅れると連絡があったり、卸先からのキャンセルも相次ぎました。さらには、ほぼ同時期に急激に注目されはじめたSDG'sに代表される意識改革は、世界的なファッションマーケットの縮小に少なからぬ影響を与えたと思います。ユーザーの購買意識が変化したことは確かで、新しい服を買う事ときにも、その服が環境への影響を考慮して作られたものなのか、またそれは今買うべき服なのかを考え直すようになったのです」

サステナブルへの感心もまた、ファッションへの考え方を新たにした。スーツからオフィスカジュアルへの変化は、ドレススタイルへの視点が変わってきたことも表れ。ビジネス=ドレスクローズという固定概念が揺らいだことで、新しいワードローブへの感心が高まっているとルイジさんは指摘する。

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フィレンツェからミラノへプレゼンテーションを移した理由

今年、ラルディーニ社はピッティ・ウォモに出展していない。来年1月も出展の予定はないとルイジさんは名言する。

「ピッティへの疑問は、実はもう何年か前からあって、自分たちとしても新たな道を歩み始めたいと考えていたところでした。そのため前回、出展を取りやめた際はミラノファッションウィーク期間中にイベントを開催。日中はプレゼンテーションを中心に、バイヤーとメディアに対応し、夜はディナーパーティを開いて新しいラルディーニ社をPRしたのです」

次のシーズンの新作発表と商談の場をミラノの移したことは、ピッティ会場がビジネスではなく"お祭り会場"と化してきたことへの不満だとルイジさんはいう。そして、クラシックなモノ作りをリスペクトしてきた国内外のブランドが商品説明を密に行える場であったはずのピッティ会場は、いつしかコスプレイヤーの撮影会場となってしまったことを嘆いていた。

「ピッティ・ウオモがカーニバルになってしまった。いつの間にか元々のテーマやコンセプトが変わってきてしまったことは明らかで、ただの目立ちたがり屋に用はないし、私達がそこで何ができるかというと甚だ疑問です。服が好きなことは理解できますが、ならばそれ用に別会場を用意すべきだとも思います。コロナで来場者が減り、また戻りつつはありますが、次第にまたお祭りを始めるならば、ラルディーニはそれを良しとはしません。来年1月までラルディーニはピッティを回避します。ただ、その先のことは、まだ未定です」

さらにルイジさんは続ける。先程、ラルディーニ社から熟練の職人たちが多数去ったことも影響しているのだろうか、ブランドとしての在り方、進む方向性にも変化が始まっているという。

「ファッション業界はつねに新しいものを提案していかなくてはなりません。これまでたくさんの経験を活かしながら、次の時代を創ってきましたが、より都会的で今の時代に合うものを生み出す新しい感性も必要です。そのためにラルディーニ社は、この秋からリブランディングを図っています」

ルイジさん自らカーディガンを羽織っているように、ドレスからカジュアルへと比重へ移りつつあることはコレクションを見れば明らか。テーラードのアウターから、ブルゾン、ニットアイテムのバリエーションが増えている。さらにはアイコニックなフェルトのブートニエールが、今季から黒のクリップ型に変更されたのは大きな変化といえるだろう。

「これまでのブートニエールはピンで留める方式でしたが、クリップを取り付ける形に変更しました。マネークリップとしても使えるこの形状は、私が最初にブートニエールのアイデアを出したとき、すでに構想していたもの。個人的には原点回帰ともいうべき未来への進化なのです」

ミラノコレクションへの参加、キャットウォークショーの開催については言及を避けたが、より都会的で洗練された現代のメンズスタイルを打ち出していきたいというルイジさんの思いは強い。「新しい顧客」「若い人たち」という言葉が、インタビューの最中、随所に聞かれたのだ。

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表参道に路面店を願うラルディーニの未来絵図

現在、ラルディーニはセレクトショップへの卸し以外に、日本国内に直営店を6店舗展開している。そのうち路面店は東京・丸の内の1店のみで、その他は百貨店内のインショップという形態だ。ルイジさんは、今後、日本での展開に意欲を見せる。

「日本はラルディーニ社にとって特別な友人です。ヨーロッパ、アジア、オーストラリアに直営店がありますが、その国の人々の体型に合わせた型紙を採用しているのは日本だけなのです」

オンラインストアでも「JAPAN FIT MODEL ADVANCE」と明確に記載されている。前肩仕様、控えめなウェストシェイプ、パンツのウェスト&ヒップ周りをハーフサイズアップするなど、日本人体型を研究した特別なモデルをリリースしているのだ。中国、韓国など他のアジア各国では、本国イタリアの型紙通りのモデルで展開されている。

「特別なモデルを生産するからには、特別な場所で購入していただきたい。そのために直営店・路面店の展開を進めていきます。今年2月に福岡店を開きましたが、今後は横浜、神戸にも直営店を開く予定です。さらには都内にも、新たなブティックを開きたいと思っています。青山、渋谷、銀座なども候補に挙がっていますが、私は表参道が好きなので、ぜひあの並木道のエリアに店を持ちたいと思っているのです」

「表参道はミラノのブレラ地区に似ている」とルイジさんはいう。ブレラ地区は美術館と美術大学を擁する閑静な街並み。瀟洒なブティックが軒を連ねる文化地区は、表参道の一本裏通りを連想させるらしい。それはヒルズ沿いに華やかなショーウィンドーを飾るブティックだろうか、それとも人混みの喧騒を避けて足を踏み入れた表参道の裏道にひっそり佇むサロンのような店だろうか。

「ラルディーニの未来絵図はもうすでに頭の中に描いてあるんです」。そう言ってルイジさんは、ゆっくりと笑顔を見せた。

問/豊田貿易 03-5350-5567

Photograph:Hiroyuki Matsuzaki (INTO THE LIGHT)
Text:Yasuyuki Ikeda

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