週末の過ごし方
ピエロギから巡る、ポーランドとおもてなしの心<後編>
2023.10.25
国民性から、その国に興味を持つことがある。たとえばポーランド人には、心の温かさやおもてなしの精神に、日本人なら誰もがはっとさせられる、何か通ずるものを感じることができる。遠く離れた国でありながら、どこか日本人の精神性にも似た、助け合いの心を持ち続けるポーランド。ピエロギから興味を持ったこの国にもっと旅してみたい理由が、また見つかった。
「ウォヴィチ」で出会った民族衣装の正装から
現代人のファッションを思う
ワルシャワから電車で1時間ほど。地域の民族文化が息づき、ヴィチナンキ模様の切り絵、刺しゅうなど、民芸にも注目される街である「ウォヴィチ」。毎年5月〜6月(年によって日にちが変動する)カトリックのお祝いである聖体節の日の民族衣装パレードが有名な街でもあり、いつか訪れてみたいと思っている日本人は多く、私自身も再訪してみたいと願う場所のひとつである。
ちょうどウォヴィチに立ち寄った日、たまたまミサが終わったタイミングで、教会から出てくる民族衣装に身を包む人々と遭遇することができた。
ポーランドの民族衣装は一般的に、<日常用><教会用(特別用)><結婚式用>と3つのシーン別に準備されている。縦の線には麻、横の線にはウールを使ったものが多く、ずっしりと重いそうだ。教会帰りの男性は、オレンジ色のおそろいのパンツに、花の刺しゅうがかわいらしい帽子に身を包んでいた。
ウォヴィチの民族衣装はポーランドでも特に有名だが、そのほか地域ごとに特色の違う、カラフルで美しい民族衣装がある。
ワルシャワから車で30分、「オトレンブィ」という都市にある、カロリン宮殿。ここにオープンしたポーランドフォークロアセンターは、ポーランドを代表する民族舞踊団マゾフシェの本拠地でもある。ここではポーランド各地の民族衣装を展示していたり、民族衣装をまとった団員の舞台の映像を鑑賞することができる。装飾まで完璧な民族衣装に身を包み、大人数で踊る舞台は圧巻だ。
ワークスタイル、ライフスタイルの変化によって、ファッションは日々進化している。でも、丁寧な手仕事の技が光る刺しゅう、花の髪飾り、その地方ごとに昔から受け継がれるパターンや色……そんな伝統に身を包み、背筋をぴんと正し、心を凛(りん)とさせる瞬間は、もしかすると現代人にこそ必要な時間なのかもしれない。
「ポズナン」で必ず食べたい『聖マルチンのロガル』の誘惑
ワルシャワが東京、クラクフが京都とすると、大阪と言われるのが古都ポズナンである。この街で、伝統的なお菓子があると聞きつけた。ポズナンの名物でもある「聖マルチンのロガル」である。ポーランドでは11月11日「聖マルチンの日」に食べる習慣があるクロワッサン型のペイストリー、職人たちは毎年、この日が迫ってくるととても忙しくなるそうだ。
創業1965年の老舗であるホテル メルキュール ポズナン内にあるWISE CAFEのチーフパティシエ、ジャムスキー氏に話を聞いた。国内で2名しかいない公認ロガル職人のライセンスを持つおひとりである。お菓子作りひと筋30年。6年前に先代から後を継ぎ、ポズナンの名物ロガルの伝統を守りつづけている。
「聖人のマルチンが、この地方を旅したとき、彼の馬が蹄鉄を無くしてしまったそうです。ポズナンの聖マルチン教会の司祭が、聖マルチンに代わり、恵まれない人々に何か施しに配りたいと考え、その蹄鉄を模した「聖マルチンのロガル」を作ったのが始まり。ドネーション、チャリティの活動の始まりと言われています」(ジャムスキー氏)。
ひとつ食べると1200kcalほどある、ずっしりと重いボリューム感のあるロガルは、伝統菓子で甘さも食べ応えもすごい。なのに、ケシの実を使っているからか、和菓子の風味も感じるところが不思議な魅力だ。
ちなみにこの「聖マルチンのロガル」を名乗れるのは、厳密に規定されたサイズや材料を厳守し、ポズナン認定職人の元で作られたもののみで、なんとメニューも門外不出。「聖マルチンの日」である11月11日にはワルシャワなどでも手にすることができるそうだが、ポズナンに訪れる機会があるなら、ぜひその口福な伝統菓子をぜひコーヒーや紅茶とともに味わってみてほしい。
「ワルシャワ」の歴史地区とクリスマスマーケット
ポーランドの首都・ワルシャワを訪れたら必ず足を運びたいのが、色とりどりの建物に目を奪われるワルシャワ歴史地区だ。第二次世界大戦時、ナチスドイツに破壊された17〜18世紀の街並みを忠実に復元した旧市街は、世界遺産に登録されている。それも、当時の市民たちが立ち上がり、全壊したワルシャワの街に再び息を吹き返すため、絵画などから建物の緻密な様子を手がかりにしながら、もともと使用されていたレンガを可能なかぎり再利用。人々の街への深い愛情、そして不屈の精神が復興へと駆り立てた好例として、再建された街としては初めて世界遺産に登録された。
クリスマスシーズンのワルシャワ歴史地区を訪れると、旧王宮前の広場にどっしりとたたずむ大きなクリスマスツリーを目にすることができる。決して派手ではないのに、温かみがあり、どこかほっとする心地よさがある。この土地が持つ歴史や背景に思いをはせながら、旧市街のクリスマスマーケットに集まる家族連れや友だち、恋人たちがホットワインを飲んだり、出店を楽しんだりする幸せな時間が流れているのを見ると、ポーランドの寒い冬の中でも、どこか心がぽっと温かくなる。
その他のヨーロッパ諸国と同じく、ポーランド各都市で11月末〜12月頭ごろから年末までクリスマスマーケットが開催されている。ポーランドのクリスマスマーケットの歴史はまだ浅く、ここ十数年ほどだそうだ。とはいえ、地元の人の暮らしに密着した郷土料理やクリスマスの食卓に欠かせないお菓子や燻製(くんせい)、チーズなど、ポーランド人の暮らしが垣間見えるアットホームな雰囲気は、ポーランド料理およびピエロギ好きとしては興味深く(もちろんピエロギの屋台もある)、ポーランド人の食文化を想像するのは難しくない。
おもてなしが息づく、ポーランド流クリスマス
ポーランド人のクリスマスの過ごし方にも、おもてなしの心がそこかしこに息づいている。伝統的なクリスマスの迎え方は、まず教会で4週間前から特別な礼拝がスタートする。クリスマスイブは、精神と魂の準備のために肉類は食べず、池で釣った魚やきのこ、果物や木の実(ケシの実)、じゃがいもなどを食べるのだそう。12月25日以降になると、鹿肉や牛肉、豚肉などが食卓に並び、家族と共にクリスマスを盛大に祝う。ポーランドの家庭的なクリスマス料理の代名詞とも言えるのが鯉料理で、鯉は縁起のよい生き物とされているからなのだそう。12の料理がクリスマスの伝統として受け継がれ、幸せになりますように、という願いを込めながら家族みんなで食事を楽しむのがポーランドのクリスマスの伝統だ。
クリスマスのおもてなしを体験したとき、ハッとさせられたことがあった。ポーランド人にとって、クリスマスは家族全員で祝うもの。でも、一人で過ごす人がいないよう、クリスマスに突然誰かが訪ねてきたときのために、必ずひと皿余分に料理を用意しておくのだそう。
複雑な歴史をたどってきたなかで、ひとりひとりがそっと隣の人に寄り添い、抱きつづける助け合いの精神。おもてなしの気持ちをどこまでも大切にするポーランド人らしいクリスマスのエピソードに、心がふっくら温かくなった。
取材協力:ポーランド政府観光局
Photograph: Reiko Masutani
Edit & Text: Ai Yoshida