週末の過ごし方
なぜマスターズは「パーペチュアル」な大会になったのか!?
あの伝説的なゴルファーたちにインタビュー。
2024.05.22
美しい花々が咲き誇る4月の第2週、ゴルファーの憧れであるマスターズトーナメントがジョージア州オーガスタナショナルゴルフクラブで開催される。ロレックスとマスターズがパートナーシップを結んで25周年という記念の今年、プレストリップに招待されて同地を訪れる幸運に恵まれた。
緑の絨毯を敷きつめたフェアウェイと白砂のバンカーに、紺碧の空が映える。箱庭のように整備されたコースに、2日目、台風並みの強風が吹き荒れた。厳しいコンディションに耐えて栄冠に輝いたのは、ロレックスのテスティモニー(ロレックスの価値観を共有する体現者)でもあるスコッティ・シェフラーだった。全盛期のタイガー・ウッズをも凌ぐといわれる世界ナンバー1のゴルファーがライバルを圧倒し、2度目のグリーンジャケット(勝者の証)に袖を通した。
レジェンドが語るオーガスタの魅力
「言葉がない」と語った27歳のシェフラーだけではなく、歴史を彩ったレジェンドたちにとってもマスターズは特別だ。過去2度優勝しているトム・ワトソンは、まだアマチュアだった20歳のときにマスターズデビューを果たした。「天国のようだと思った」と振り返る。「毎年同じコースで開催される唯一のメジャー大会。オーガスタの美しさは、唯一無二です。もし天国にこのゴルフ場があったら、私はヘッドプロになりたい」とマスターズ3勝のグランドスラマー、ゲーリー・プレイヤーも口を揃える。
オーガスタナショナルゴルフクラブのコースにあるロレックスのホスピタリティルームには、連日レジェンドがふらりと訪れて、朝食や昼食のテーブルを囲む。バーバラ夫人とやってきたジャック・ニクラウスに握手をねだる。まるで農業に携わってきた人のような、ゴツゴツとした分厚い手。腕にはイエローゴールドのロレックスが光っていた。「66年のカナダカップ(ワールドカップの前身)で日本を訪れたとき、ロレックスのテスティモニーにならないかといわれ、翌年イエローゴールドのデイデイトを贈られた」。その時計を半世紀も使い続けたが、7年前にオークションに出品し122万ドル(約1億7千万円)で落札された全額を子供病院に寄付した。今つけているゴールドのロレックスは、「トラディション(シニアのメジャー)で4勝を挙げたときに贈られてから、もう26年も使い続けている」。
パーマーとニクラウスとプレイヤーは、1960年代にビッグ3と呼ばれ、世界中を飛び回ってゴルフブームに火をつけた。映画スターのようなルックスに親衛隊が結成されるほどゴルフシーンを熱狂させたパーマーが、スポーツ界初のテスティモニーとなり、ロレックスとゴルフの架け橋になったのだ。
3人はライバルだが仲が良かった。「“お前には絶対負けない“と闘志をむき出しにしながら、私たちは親友でした。兄弟のような関係は競技の世界では珍しい」(プレイヤー)。ゴルフを愛し、人を愛す。「自分がして欲しいと思うように相手に接する」のは、ビッグ3とトム・ワトソンの共通点だ。「パーマーにはいつでも時間があった」とベテランのゴルフ記者は言う。分刻みのスケジュールの中でも人々のリクエストに快く応じ、優勝した後輩には必ず「ゴルフの発展に貢献して欲しい」と祝福の手紙を贈った。
タイガー・ウッズと松山英樹。二人の優勝にもストーリーがあった
2019年、スポーツ史上最高の復活劇とうたわれたタイガー・ウッズのメジャー15勝目も、やはりマスターズだった。1997年、2位に12打差をつけ優勝して時代の扉を開いた褐色の肌の青年が、22年後、夕日に赤く染まった18番グリーンの奥で長男チャーリー君と抱き合った。そこは、タイガーと亡き父のアール氏がかつて抱き合ったのと同じ場所。ゴルフ史に残る名シーンである。
2021年には、何万人ものパトロン(ギャラリー)の声援に包まれ松山英樹が頂点を極めた。2011年の東北大震災の年に19歳でマスターズのローアマに輝いてから10年目の勝利だった。照れたような笑みを浮かべて両手を天に突き上げた姿は忘れられない。マスターズでの名シーンを挙げればきりがない。
では、チャンピオンの資質とは何か? プレイヤーの答えはこうだ。
「南アフリカの貧しい炭鉱夫の息子だった私は、9歳で母を亡くしました。兄は軍隊、姉は寄宿舎、父は仕事。たったひとりで何時間もかけて学校に行き、たったひとりで食事をする。神様、どうか僕を死なせてくださいと毎晩祈りながら泣きました。その過去があるから今がある。勝利の鍵は忍耐です」
タイガーも肌の色で差別された経験を力に替え、史上最多の82勝を紡いだ。松山も震災の悲劇を乗り越えた。華やかな栄光の裏にある厳しい過去が、強靭な精神力を育んだ。
ロレックスはゼンマイを途切れることなく巻き上げる自動巻き機構を世界に先がけて開発し、永続性を意味する「パーペチュアル」と呼んでいる。マスターズもまた、時代のトップゴルファーがオーガスタの最高の舞台で歴史を刻み続けるパーペチュアルな大会である。
プロフィール
川野美佳(かわの・みか)
サンディエゴ州立大学留学を経て、1990年代からゴルフ雑誌、新聞、WEBなどで記事の執筆や翻訳を開始する。ゲーリー・プレイヤー、セベ・バレステロス、ローリー・マキロイなどのゴルファーをインタビュー。主な翻訳書に『タイガー・ウッズ 私のゴルフ論』『タイガー・ウッズ もうひとつのインサイドストーリー』『ブッチ・ハーモンの勝者のゴルフ』などがある。
Text:Mika Kawano