週末の過ごし方
小松美羽の旅。
祈り、描き、つくりつづけた先にあったものとは?
【後編】
2024.06.25
アーティスト・小松美羽は、軽やかによく動く。向かう先は日本国内にとどまらず、遠い海の向こうにも。ご縁に導かれるまま、「アートは魂のくすり」と信じて。
11月を迎えると、小松美羽は40代に突入する。何か心身の変化はあったのだろうか。
「最近は、20代の頃みたいには、夕食食べたあとも、夜中までやるぜという力はなくて(笑)。昔は、もう朝6時までやったりすることもあったんですが、さすがにいまそれはきつい。あと、やっぱり身体が資本なので、へたに無理するのもいかんな、と。もうちょっと頑張るかというときは夜遅くまでやりますけど、まあ、昔よりゆったりした感じですね」
30歳の頃からは、酒も控えるようになった。
「完全に断ったというよりも、生活の中でほとんど飲まなくなったんです。若い頃は、お米を食べるのが面倒くさいから、ビールや日本酒で穀物をとるというぐらいの人間だったんですけど(笑)、瞑想に深く入るのにお酒の力を借りてもいけないし、アルコール生活から脱却しました。お酒は嫌いじゃないんですけどね」
また、長野に戻って来てからは、まる一日、まったく描かない日もできたという。
「もう、すべていっさい、作品はそのまま放置みたいな日もあります。昔は、毎日描いていないといられないという感じだったんですが、いまは、ちょっと山でも行くか、今日は“ワンワンズ”と散歩だけするぞ、と犬と一緒に車で安曇野のアルプス公園に行ったりするときもあります」
そんなふうにアトリエで語る小松美羽は、どこか解き放たれ、一段ギヤを上げ、軽やかになった感じがする。もちろん、これまでも描きたいものを描きたいときに描いてはいたのだろうけれど、さらに自由度と解放感が増した印象なのだ。
「結局、18歳で東京へ出て、東京のほうが長くなっちゃってた。やっぱり、田舎から出てきた意地みたいなのがあって、たとえば、23区内で生活するぞ!みたいな。でも、もうそんな経験は十分にしちゃって、こっちへ戻って来ると、なんかやっぱり穏やかな気持ちになってますよね」
小松美羽が最初に注目されたのは美大時代に描いた銅版画だったわけだが、いまやその制作領域は、アクリル画や有田焼、さらなる立体物などへと広がり続けている。もちろん、軸にあるのは神獣だが、こちらももう少し広い生命体へと向かっているような気もする。
30代後半、小松美羽には、マイルストーンとなるような仕事が次々と舞い込んで来ている。
そのひとつが一昨年、世界遺産・東寺の食堂(じきどう)に1カ月間こもって描いた二幅一対の『ネクストマンダラ‒大調和』だ。昨年10月8日、金堂で25人の僧侶が読経をあげる中、最後の筆入れを行い完成させた。
「高野山で絵を描かせていただいたご縁で、東寺につながっていったわけですが、自我があってはいけない神聖な作業と思って臨みました。曼荼羅の表に作家のサインを入れないのもそういう意味だと思ってます。こもって描いている間は、魂の成長という果たさなきゃいけないひとつの役割をまっとうするという思いでした。本当にありがたい日々でした」
昨年11月には、フランスのモン・サン=ミシェルでライブペインティングを行う機会を得た。修道院を背に約1時間、湧き出るエネルギーをぶつけた。2022年に広島の宮島で行ったライブペインティングと対をなすイベントだった(広島県廿日市市とモン・サン=ミシェルは観光友好都市として提携している)。
今夏、佐賀県立美術館で開かれ、巡回展でひろしま美術館でも『ジパング 平成を駆け抜けた現代アーティストたち』(仮題)というグループ展が行われる予定だ。参加アーティストは、草間彌生、チームラボ、奈良美智、村上 隆、そして小松美羽。地方へ、海外へと小松美羽の旅はなおも終わらない。
「東京にもまだ家があるんですよ。だから、長野にずっとこもっているわけじゃなくて、東京に行くこともあって、いいバランスだと思ってます。東京にいたときは家からほとんど出ない日もあったけど、いまは東京へ行ったなら、あそこのレモンティーも飲んでみようとか、昔は絶対にしなかったようなことをやっている。いまになってミーハーになっているんです(笑)」
小松美羽は、やはりいつの間にか軽やかに脱皮していたのだろう。
小松美羽(こまつ・みわ)
1984年、長野県生まれ。銅版画からキャリアをスタートさせ、アクリル画、有田焼などに制作領域を拡大。2020年24時間テレビ『愛は地球を救う』でのライブペインティングによる作品が、2054万円で落札されたことが話題に。2023年10月、真言宗立教開宗1200年記念にて、世界遺産・東寺に『ネクストマンダラ-大調和』を奉納。その制作ストーリーは、小誌vol.53(22年秋冬号)に詳しい。
Photograph: Yuji Kawata(Riverta Inc.)
Text: Haruo Isshi