週末の過ごし方
ギンギラギンに、この先も。
─走りつづける男・近藤真彦の“やり方”とは?─【前編】
2025.05.23

60代のマッチはどこを目指す!?
還暦ダッシュのその先に──。
ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町の地上35階にあるバー「ザ・バー イルミード」。その洗練された空間に入ったとたんにマッチはすっとその場に溶け込む。もう何年もこのバーに通う常連客の風情で、重厚感あるバーに収まったのだ。実は、ここ紀尾井町がマッチにとって縁のある街だということをこの日初めて聞いた。
「若い頃一時期、僕はここを生活の拠点にしていたこともあったんです。だから、裏道から周辺の建物や店までなじみがある。すごく懐かしい場所でもあるんです」
マッチはこの街の隅々の匂いまで熟知していた。そんな相性のいい土地を見下ろすバーで、60代を走りだしたマッチが語りだす。
オーセンティック・バーにはずらりと内外のウイスキーボトルが鎮座している。否応なくバーの格式を感じるわけだが、マッチはさらりとこう口火を切る。

「僕は、高いウイスキーであっても安いウイスキーであっても、自分がそのときに一番いい飲み方をするのがベストだと思っています。『高級ウイスキーは割るもんじゃないよ』なんて人から言われても関係ない。たったいまの、自分の感覚だけに頼って飲むのがいいと思う」
『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』などを作詞し、公私で付き合いのあった伊達 歩こと伊集院 静からの薫陶もあったのか。
「伊集院さんも〝こだわりある男の飲み方〟みたいなイメージがあるけど、結構乱暴な飲み方でした。皆さんが思う格好いい伊集院さんとはまた違う場面を僕は結構見てますから(笑)。でも、伊集院さんはその格好悪さが格好良かったりするんです。その無頼さが」
そう述懐しつつ、ロックグラスを口に運びひと息ついた。

2024年は、還暦をはさんでの全国ツアー、日本武道館での1万人ライブと、マッチにとっていつにもまして充実の一年だった。
大阪・新歌舞伎座を皮切りに、名古屋・御園座、東京・明治座で行われた全16公演。近藤真彦座長のもと、脚本の鈴木おさむをはじめ、川崎(「さき」立つ崎)麻世、中村繁之、浅香 唯、西村知美、西田ひかるらが集結した。17歳の主人公「根性真彦」がアイドルを目指すというコメディーだ。
近藤座長がイメージしたのは、『ヤンヤン歌うスタジオ』『カックラキン大放送!!』といった番組が全盛だった時代の歌謡コント。歌と笑いと涙を詰め込んだ昭和をどう再現するかに腐心した。


「ただ、僕には面白おかしく書く能力も時間もないし、やっぱり、鈴木おさむさんしかいないと直接口説きに行きました。引退ギリギリの時期でしたが、一発でオッケーをいただき、当時輝いていたスターを集めて、最高のキャストをそろえることができたんです」
還暦を迎えたマッチをはじめ、全員が高校生役に徹するわけで、コメディーとはいえ、ハードルは低くはなかった。

「テーマにしたのは、いい大人だけど、恥ずかしがらずに“振り切る”ということでした。そして、これはテレビではなく、舞台なんだ、ライブなんだという意識が僕は強かった」
衣装合わせのあった初日、マッチは、もっさりとしたカツラをつけて、皆が待つリハーサル室に現れた。「うわ、座長自ら完全に振り切っているな、と思わせたかった」からだ。本読みでも、皆がボソボソと台詞(せりふ)を言うなか、あえてテンションを上げて、「おっすー、俺が根性真彦です!」と声を張り上げて、率先して殻を破った。
「普段の感じで稽古に入っていたら、みんなも構えちゃっておとなしくなっていたし、お客さんがあんなに腹を抱えて笑うような舞台にはなっていなかったはず。そこが演出の一番のポイントだった」

近藤真彦(こんどう・まさひこ)
1964年生まれ。歌手、俳優、レーシングチームオーナー兼監督、実業家。1979年テレビドラマ『3年B組金八先生』でデビュー。1980年以降はソロ歌手として、『スニーカーぶる~す』『ギンギラギンにさりげなく』『ハイティーン・ブギ』『ケジメなさい』『愚か者』などなど、ヒット曲を多数発表。現在もコンサートやディナーショーで多くの観客を魅了し、そのスター性は健在。
Photograph: [Stage] Satoru Tada(Rooster),
[Bar] Akira Maeda(MAETTICO)
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up: GONTA(weather)
Text: Haruo Isshi