週末の過ごし方
追憶の先に。─ 彼女の場合─
【ROAD TRIP Short Short Story】
2025.06.26

せっかくの休日だというのに、私はいつもと同じ時間に目覚める。染みついたルーティンというよりは、ここではないどこかへの好奇心からなのだろう。大好きなコーヒーをタンブラーに入れ、私は足早に車へと向かった。
きっかけは、ヴィム・ヴェンダースの映画だった。彼の映画は、行った先々で起こる化学反応のような出来事がたまらなく魅力的で、なにごともないと思っていた日常に、小さな幸せが確実に在るということを思い出させてくれた。
ロードムービーにすっかり憑(と)りつかれてしまった私は、中古でビンテージカーを買い、お気に入りのアーティストのカセットテープをたくさん集めて、毎週末気まぐれなドライブ旅を楽しむようになった。
たどり着いた村に立ち寄ると、聞けばこのあたりの森林は、人工林なのだそう。人の手によって守られた森という言葉に惹(ひ)かれ、山道を進んでみることにした。整備された林道に、杉やヒノキが規則的に並ぶ姿は、どこか機械的で、美しい。荒廃していないということは、多くの人がこの森に関わっているのだろう。
私はまたいつもの悪い癖で、森の守り人がどんな人生を過ごしているのかと、思いを馳(は)せてしまった。
しばらく進むと、開けた場所を見つけた。そこには、ちらほらと咲き始めている大きな桜の木と、ベンチがひとつ。日常に季節を感じられていなかったことに後ろめたさを感じた私は、申し訳なさそうに車を降りた。
まだ温かさを保ってくれたコーヒーを飲みながら、ふとある男の子を思い出す。もう十数年以上も前のことだ、今では大人の男性になっているのだろう。記憶の中では、瞳には眩(まばゆ)いほどの輝きと、大きな夢を持った、純粋な少年のままだ。彼は今どこで、なにをしているのだろうか。
思い出は美しいままでいい。彼の新たな人生の始まりが、彼との物語の結末だったということ。きっと挫折も味わうでしょう。きっと悲しい思いもするでしょう。それでも前を向いて歩いて行けるはず、彼ならきっと。
作・鮎川ジュン
Illustration: Mai Endo