腕時計
意志を持って、時計を着替える。【第5回】
町田啓太とオーデマ ピゲ
2025.10.03
30歳に差し掛かる頃から、時計熱が高まってきた。「仕事を通じて時計に触れる機会も増えましたし、もっと深く時計の世界を知りたい」という町田啓太が、5つの時計に出合った。
2000年代のトレンドウォッチ。
2000年代は高級時計市場が大きく広がった。それをけん引したのは、薄型ケースに高級感のある仕上げを施した「ラグジュアリースポーツウォッチ」であることは間違いない。しかしこのジャンルの時計が生まれたのは、50年以上も前の1970年代のことになる。
今でこそ、スイス時計が世界を席巻しているが、実は1970年代に存続に危機に立たされていた。そのきっかけとなったのが、日本製のクオーツ式ムーブメントによって時計業界がドラスティックに変革した「クオーツ革命」だ。電池で動き、高性能で、安価に製造できるクオーツ式ムーブメントは、スイスの伝統的な機械式時計を過去の遺産と化してしまったのだ。
そんなスイス時計の暗黒時代である1970年代は、別方向から見るとチャレンジの時代でもあった。既存のやり方では難しいからこそ、新しいクリエイターが起用され、斬新なデザインやスタイル、カラーリングを提案する。そんな野心的な時代でもあったのだ。
そんな時代の空気から生まれたのが、オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」である。イタリア市場からの「斬新なステンレススティール製の時計」が欲しいという注文を受けたオーデマ ピゲの当時のCEOジョルジュ・ゴレイが、新進気鋭の時計デザイナーであったジェラルド・ジェンタにデザインを依頼。ジェンタが1日で描き上げた時計デザインは、伝統的な潜水士のヘルメットから着想を得た八角形のベゼルを持ち、着用感を高めるためにケースは薄く、立体感を引き出すためにケースやブレスレットのエッジを斜めに落としていた。この複雑な形状を硬いステンレススティール素材で実現するために、加工技術から開発し、結果として製造コストは上昇。ゴールドケースよりも高価なスポーツウォッチとなってしまった。
それでも1972年に発売するや、世界中の時計愛好家が「ロイヤル オーク」に関心を示した。さらにこの成功を受けてさまざまなブランドから、同じコンセプトを持つ時計が生まれた。そして高級感のある仕上げを施した薄型のステンレススティールウォッチは、「ラグジュアリースポーツウォッチ」と呼ばれるようになる。
このラグジュアリースポーツウォッチの原点である「ロイヤル オーク」が、時計愛好家の枠を超えて人気が爆発したのは、2010年代に入ってからだ。スマートフォンが普及し、時刻を知るための道具としての役割を終えた腕時計に対して、人々はファッション性を求めるようになる。端正だがともすると退屈になりがちなドレスウォッチではなく、もっと自分らしさを主張できる時計が欲しい。そこに合致するのが、ロイヤル オークだった。一般的なスポーツウォッチとは異なるラグジュアリー感があり、それでいて防水性能も高くオールマイティに使える時計は、腕元で個性を主張したい人にとって、最高の時計だったのだ。
この「ロイヤル オーク」だが、今も入手困難な状況が続いている。それは現在の技術を駆使してもなお、外装の製造に10時間以上かかるため、生産本数を増やすことができないからだ。しかし、自分自身を語るアクセサリーとして時計を楽しみたいという人が減ることはない。この熱狂は、まだまだ続くことだろう。
Keita’s Voice
「僕の周りにも、ラグジュアリースポーツウォッチが好きな人は少なくなく、特にロイヤル オーク愛好家が多いですね。しかもこのデザインやスタイルを、50年以上も作りつづけているというのがすごいこと。デザインや仕上げはラグジュアリーで今っぽいけど、歴史を考えると“古典”とも言える。この輝きを見ているだけでもため息がでます」
自動巻き、SSケース、ケース径41㎜。¥4,125,000
問/オーデマ ピゲ ジャパン 03-6830-0789
Photograph: Toru Kumazawa
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up: KOHEY(HAKU)
Text: Tetsuo Shinoda