カジュアルウェア
エルメスと並び称されたアルニスの名作ジャケットを
ベルルッティが再解釈。
パリのエスプリが利いた部分とはどこ?
ファッショントレンドスナップVol.220
2026.05.14
2000年前後、メンズファッション業界の人がパリ旅行から帰ってくると、口をそろえて話題にしたのが「右岸のエルメスと左岸のアルニス」のすばらしさ。右岸と左岸というのは、セーヌ川の流れに向かって右側と左側の地域を指すのですが、中心部に近い周辺は歴史的な背景から文化、価値観が少し異なる人が集まりがちになっていて、エルメスとアルニスはその地域の特色をうまく取り込み、顧客をつかんでいました。
現在も右岸に本店があるエルメスは、いまさら解説の必要がないくらい有名。メンズ、ウィメンズのウエアからスカーフ、香水、靴、馬具と幅広い構成でパリの気品と伝統、ヨーロッパの職人技を守りつづけています。
かたや左岸のアルニスは、2012年にフランスのラグジュアリー複業企業LVMH社の一員となり、そのブランド名はなくなりましたが、テーラリング技術(職人)と名作デザイン、店舗はベルルッティに引き継がれました。アルニスは3代続きましたが、セーヌ左岸にある大学に通う教授や、ショップ近くにあるカフェに集まる作家、画家、建築家などが愛用するメンズ専門のショップでした。エルメスほどの知名度はありませんでしたが、知る人ぞ知るパリの名店としてその存在感は、唯一無二と言えるもので、パリのエスプリとはこのこと!と誰もが感じる雰囲気が、服やショップのディスプレーから薫っていたと聞いています。
ベルルッティの歴史は、1895年にイタリア人アレッサンドロ・ベルルッティがパリでオーダーメイドの靴工房を始めたときにスタート。
その33年後にはパリの中心地ヴァンドーム広場にほど近いモン・タボール通り(Rue du Mont Thabor)に初のブティック(店舗と工房)ができ、のちにシャンゼリゼ通りに接するマルブフ通りに移転。現在もそこには創業者の時代から作りつづけられている靴「アレッサンドロ」がベルルッティの歴史の語り手として並んでいます。
1993年からはLVMH社の傘下に入り、ウエアやバッグなども手がけるトータルファッションブランドとなり、その19年後にはアルニスの職人を迎えオーダーメイドのジャケット、ブルゾンなどのドレス クロージングのクオリティーが格段にアップ。
今年のベルルッティの春夏コレクションには、アルニスの遺伝子を受け継ぐ名品がラインアップされています。上の画像のジャケットは、フランス語でフォレスティエールと呼ばれているもので、森の番人・森林警備員という意味で、アルニスを代表するデザインのひとつ。
実は、日本ではビンテージのフォレスティエールが、マニアックなファンのなかでヒートアップしていて、有名なフリマアプリを見ると、出品数は多くありませんがアルニスのフォレスティエールだと20万円以上するものがほとんどという人気ぶり。
※2年くらい前と比べると2倍から3倍に値上がり!
こんな状況になった背景を私なりに妄想してみるとこんな感じです。
5〜6年前からユーチューブなどを通してビンテージのフランスのワークウエアが20~30代の間でブームに。その後、新たなフランスのビンテージウエアを深掘りしはじめた人たちが、探し当てたのがこのアルニスのフォレスティエール。このブームは、日本を中心に盛り上がっいるようですが(パリの一部の古着専門店やバイヤーを除く)、この背景には現在のフランスのブランドの多くがグローバル企業になり、世界的なトレンドを意識したデザインのものが中心になり、かつてのフランスならではの色使いやデザイン、オーラが感じられるものが極めて減ってきたからではないでしょうか? そのうえ、コンディションが良くて日本人サイズのものがとても少ないという状況が、マニアの所有欲求をかき立てています。
上の画像は、アルニスの2002年(左)と2025年(右)カタログ。モデルカットを見ると左側の人がフォレスティエールを着用。特徴的なデザインは、首元がスタンドカラーになっていて、左側のエリには防風用のタブ(カタログのものは裏地がレザー)が伸びているところと、パッチポケット(まれにフラップの着く)が腰に2個と胸に1個付くという部分。
カタログではわかりませんが、ボタンが特徴的でこのジャケットの隠し味、これが無いとアルニス独特のオーラが出ません。どんなボタンかというと、通常のボタンの中心に金属等でアルニスのシンボルマーク(左のカタログに描かれている紳士のイラスト。他にも様々な模様あり)が埋め込まれているのです。
こうしたボタンのデザインは、その昔森や野原でハンティングを楽しむ貴族や上流階級の人が、自分たちの服や使用人の服のボタンにハンティングとリンクする柄を彫り込んでいたのに因んでいるのではないでしょうか。これは、軍服のメタルボタンに空軍なら鳥をあしらった柄が付けられていたのと似ています。
話は少しそれますが、フランスの森の番人・森林警備員が1930年ごろに実際に着ていたジャケットがどんなものだったか、どんな仕事をしていたかがわかる映画があるので紹介しておきます。
1939年公開のジャン・ルノワール監督の『ゲームの規則』には、そのスタイルがはっきりと見て取れます。この映画でのフォレスティエールは、軍服によく見られるデザインで襟付き。ポケットはパッチではありません。素材はコーデュロイと思われます。ポイントは、襟の先にホルンの刺繍が入っているところ。ホルンは、ハンティングの時に合図として使われていた名残。ジャン・ルノワール監督の『ゲームの規則』はアマゾン プライムで視聴可能なので深掘りしたい人は、チェックしてみてください。
※フォレスティエールが意味する森は、日本のような背の高い木が生い茂った山の森ではなく、丘陵地やなだらかな平地に背の低い木や草が生えている林のような場所も指し、私有地であることも。そこで働く番人・警備員の主な役割は、森に関係のない人が立ち入っていないかを確認する警備、森の環境整備、ウサギ、キジなどの狩猟など
上の画像でモデルが2026年春夏のベルルッティのフォレスティエール。高級なリネン素材を使っているので、涼しく肌触りもしなやかで、風や体の動きに沿って服全体が綺麗に揺れるさまはこのジャケットの真骨頂。パステルカラーは、周りの人にも涼しさをおすそ分けできますね。
そで口の裏地使いには、アルニスの遺伝子を感じられます。ビンテージテイストの小紋柄のネイビー生地が、このスタイリングのアクセント。
首元は、このようなスタンドカラー。よく見ると、第一ボタンが付いているボタンホールだけが、他と違っています。実はビンテージのアルニスのフォレスティエールは、ほとんどがこれに似た仕様になっていました。ベルルッティが、アルニスを今でもリスペクトしているのがこうした細部に感じられます。
見ごろは、裏地がつかない一枚仕立てにしているので、シャツのような感覚で着流すことができ、カジュアルなコーディネートにも対応可能。
上の画像は、フォレスティエールに初めてトライしてみようという方のための、ベーシックアイテムを使ったコーディネート。インナーに白Tシャツ、パンツはインディゴブルーのパンツ(ジーンズでも同じ感じにできます)にすることで、全体の色のトーンをまとめてみました。
ショルダーバッグを斜めがけにして首元にスカーフやハンカチーフを巻くと、トレンド感が増し増しに。この辺のさじ加減は、お好みで!
Photograph & Text:Yoichi Onishi