腕時計

「ミラノデザインウィーク2026」を現地取材。
グランドセイコーと3人のアーティストが表現した
「THE NATURE OF TIME」

2026.05.14

「ミラノデザインウィーク2026」を現地取材。<br>グランドセイコーと3人のアーティストが表現した<br>「THE NATURE OF TIME」

毎年4月に開催される「ミラノサローネ」では、ロー・フィエラ・ミラノという展示会場で家具やインテリアなどのブランドが新作を披露する。今年は1900社以上の企業やブランドが出展し、デザイン関係者の熱気であふれた。期間中には、ミラノ市内全域でもフォーリサローネと呼ばれる展示やイベントが開催される。

ミラノデザインウィークが開催されていたブレラ地区に、静寂のなかに深く光を放つ空間があった。〈グランドセイコー〉が出展したインスタレーション《THE NATURE OF TIME》。日本のクリエイター3──進藤 篤、川原隆邦、阿部伸吾──による、時間と自然が織り成す詩的対話である。

ブレラ地区の歴史的建築「Galleria d’arte moderna “Il Castello”」を舞台に、桐山登士樹が総合プロデュース。日本の腕時計ブランドが、なぜアートで時間を語るのか。そこに通底するのは、日本人がずっと抱いてきた――“時とは流れるものではなく、移ろいの中で感じるものという哲学だ。

光の脈で“時の呼吸”を視る――進藤 篤<PULSE OF TIME

会場を入ってすぐ観る者を包み込んだのは、600本の光が脈打つように揺らめく巨大な構造体。アーティストの進藤 篤氏が手がけた《PULSE OF TIME》は、グランドセイコーのダイヤルがもつ精緻なレイヤー構造──わずか数ミクロンの陰影が織りなす微細な世界──を、空間全体に拡張した。

「ダイヤルを初めて見たとき、髪の毛よりも薄い層の中に、無限の奥行きが広がっていた。そこに小さな宇宙を感じたんです」と進藤氏。素材には生分解性の酢酸セルロース樹脂を使い、3Dプリントの出力スピードやノズルの押し出し量を細かく変化させる独自技法で造形を生成した。

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「3Dプリンターの出力を遅らせると、層が少しずつめくれ上がる。積層される時間が、解けていく感じ。時間をほぐすというプロセス自体が、この作品の核心です」

腕時計で時刻を表す12のインデックスと呼応するように、曲線的な光が、桜色から金色へ、そして夜の藍色へと移ろう。

「日本の時間はあいだの美学です。春と夏のあいだ、昼と夜のあいだ。そのにじみ合う変化に、日本らしい時間の揺らぎがあると思っています」

時間の連続性と静寂。《PULSE OF TIME》は、スプリングドライブを搭載したグランドセイコーの腕時計の秒針が滑るように、途切れのない光の呼吸を描いていた。

和紙が記憶する“光と影”――川原隆邦<aurora><うつろい>

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会場の奥に進むと、和紙アーティストの川原隆邦氏が約100メートルの和紙を重ねて光を透かす時間を描いた<aurora>と名付けられた作品に包まれた。オーロラを意味するその名のとおり、淡く揺らめく光が和紙の層を通り抜け、空間全体に時間のグラデーションを刻んでいたのが印象的。

漉き方や厚みを変え、光を受ける角度によって表情を変える和紙は、風に揺らぐたびにわずかな影を生み、その瞬間に新しいを生む。

「光が通って、一瞬の違いが美になる。その揺らぎが、日本人の時間感覚なんです」

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川原氏はまた、白樺をモチーフにしたグランドセイコーのダイヤルのデザインと共鳴する<うつろい>という作品も発表。和紙を幾重にも重ねて景色を生み出した作品からは、静謐(せいひつ)さの中に動きが感じられて、まるで日本画のようにも見えた。

「和紙って、重ねるほどに奥行きが生まれる。軽い素材なのに、時間を積み重ねるように深みが出る。小さな面のなかに層の時間が宿るのは、時計と同じです」

伝統を守るだけでなく、紙そのものを進化させていく姿勢も印象的だ。

「材料の楮(こうぞ)を育てるところから全部自分でやっています。原料づくりから漉き、乾燥まで自らの手で。自然に向き合わないと、紙は生きません。和紙の職人はこの産地は今、僕一人しかいません。だからこそ、守るだけではなく、拓くことを自分の役割にしている。素材の可能性を広げて次の世代に渡していきたいんです」

光と映像が編む“時間の物語”――阿部伸吾<story

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会場の奥では、映像作家の阿部伸吾氏による作品《story》が、時間の記憶にそっと寄り添う。舞い降りる花びら、積もる雪、木々の間を抜ける光――日本の四季をモチーフとした静謐な映像。重なる光と影の連鎖が、一瞬の出来事を結晶のように閉じ込め、やがて溶けていく。

阿部氏の映像には、時間が「流れ」としてだけでなく、「層」として存在するという思想が感じられる。光が織りなす映像の表情は、グランドセイコーのダイヤルに刻まれた微細なテクスチャーを思わせ、グランドセイコーが掲げる“THE NATURE OF TIME”を映像という言語で翻訳しているように見えた。

THE NATURE OF TIME”が描く未来

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光、紙、そして映像。異なる素材を通して、3人の表現者が描いたのは、時間という形なきもの本質だった。“NATURE”という言葉に、「自然」という意味と同時に「本質」という意味があったことを改めて思い起こす。

進藤氏は語る。「時間は流れていながら、立ち止まった瞬間にだけ見える光がある」
川原氏も語る。「その一瞬を和紙に封じ込める。それが僕の仕事です」

アーティスティックな展示をミラノ現地で取材して、グランドセイコーの“THE NATURE OF TIME”が、ブランドが掲げるメッセージから思想に昇華したように感じられた。技術、自然、そして手の感覚。そのすべてが響き合い、時間の風景を立ち上げる。

腕時計は、刻むものから、感じるものへ。グランドセイコーは、時の体験を世界へ解き放っている。

CREATOR PROFILES

進藤 篤(しんどう・あつし)/デザイナー、アーティスト
1991
年生まれ。東京藝術大学大学院修了。「空気感との対話」をテーマに空間作品を制作。iF Design Award2026)ほか多数受賞。

川原 隆邦(かわはら・たかくに)/和紙アーティスト
1981
年生まれ。蛭谷和紙の唯一の継承者。和紙の自作から建築・アートまで幅広く展開。2025年、日本国際博覧会迎賓館エントランスに8作品を創作。

阿部 伸吾(あべ・しんご)/映像作家
テレビCM、ミュージックビデオ、インスタレーションなどを手がける。光と影で時間を表現するミニマルな映像美が特徴

Text: Teruhiro Yamamoto (AERA STYLE MAGAZINE)

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