週末の過ごし方
ジャワの祈りとバリの緑。
思考に余白を取り戻す、アマンジウォ&アマンダリの旅
[前編]
2026.07.07
情報があふれ、絶え間なく決断が迫られる現代。ビジネスパーソンが旅に求めるものは、いまや「癒やし」という名の受動的な休息にとどまらない。なぜなら、ただ身体の疲れをリセットするだけの旅では、日常に戻った瞬間に元のノイズにのみ込まれてしまうからだ。
その点で今回紹介するインドネシアの2つのアマンは、“単なる休暇以上の何か”をもたらしてくれる存在である。ジャワの荘厳な祈りに包まれるアマンジウォと、バリのみずみずしい渓谷に抱かれるアマンダリ。そこで取り戻したのは、日々の生活で失っていた内なる思考の余白――。いま、2つの聖域への扉が開く。
専用車両から始まる、特別なアマン ジャーニー
ジャワ島のアマンジウォへの旅は、最寄りのジョグジャカルタ空港へ飛ぶのではなく、あえて活気あふれる首都ジャカルタから鉄路で向かいたい。ガンビル駅のVIPラウンジにチェックインし、アマンのゲストのために特別に用意された専用車両に乗り込む。こちらの「アマン・トレイン・ジャーニー」は、地元の鉄道会社 「PT Kereta Api Pariwisata」と提携した列車旅で、定員はわずか8名。年に10回程度しか催行されないエクスクルーシブな体験だ。ここから中部ジャワの聖地へと向かう、約7時間半の旅が始まる。
近代的な摩天楼が遠ざかるにつれ、水田や熱帯雨林のパノラマが広がりはじめる。時折姿を見せるモスクの尖塔に、インドネシアが世界最大のイスラム国家であることを思い出す。ビジネスにおいては、7時間半もの鉄道移動は敬遠すべきものかもしれない。だが、この旅では移動そのものが思考をそぎ落とす瞑想的な時間の始まりであることに気づかされる。車内でアマンジウォのシェフによる洗練された美食を味わい、シャンパン片手にジャワの大地を眺めていると、日々の重責や執着、肩書などのストレスが、車窓と共に流れていくのを感じるだろう。
建築が奏でる、ボロブドゥールへのオマージュ
ジョグジャカルタ駅に降り立ち、専用車に乗り換えると、いよいよアマンジウォにたどり着く。サンスクリット語で「平和なる魂」を意味するその名は、世界最大級の仏教建築を有するボロブドゥールという土地の空気をそのまま体現しているように感じる。ガムランの音色とフラワーシャワーに迎えられロビーを真っすぐ進むと、ちょうど一直線上にボロブドゥール寺院が姿を現す。まだ旅の始まりにすぎないのに、まるで巡礼旅を踏破したかのような達成感を覚えた。
アマンジウォはそれ自体がまるで遺跡のように見えるリゾートでもある。中央に巨大なドームを有するロタンダを配置し、そこから半月状に客室が広がり美しいシンメトリーを構成している。ジャワ島産のライムストーンを用いた淡いベージュの壁面は、大地との深いつながりを連想させ、朝夕に回廊を歩けば、石柱が落とす規則正しい影が、訪れる者を瞑想的な心地へといざなう。
32棟あるパビリオンはすべてスイートタイプ。各棟が独立しているので完全なるプライベート環境を享受しながら、階段状のレイアウトにより開放感ある眺望が楽しめる。ベッドに横たわると、額縁に収められたかのようなジャワの原風景が目の前に広がる。テラスに出ると東屋があり、ここでの読書や昼寝は、何物にも代えがたいぜいたくな時間だ。さらに積極的にボディメンテナンスを行うのであれば、テクノジム社の最新マシンがそろうジム棟や、ジャワの伝統的なヒーリングが受けられるスパ棟へ足を運ぶのもよいだろう。
時空を超える、聖地ボロブドゥールへの私的巡礼
冒頭でも述べたように、アマンジウォで得られる体験の数々は、“単なる休暇以上の何か”だ。そのなかで最も印象的だったのは、ボロブドゥール遺跡へのプライベートツアーだった。夜明け前、うっすらと空が明るくなりはじめ、鶏の声と、村のモスクから流れるアザーンが静寂を震わせる。車寄せで既にスタンバイしてくれていた専用車に乗り込むと、わずか10分ほどで遺跡に到着する。
一般の観光客とは異なるVIP専用エントランスから静かに入場し、遺跡保護のために用意された特別なサンダルに履き替えて石段を登っていく。目指すのは、釣鐘状のストゥーパ(仏塔)と仏像が規則正しく並ぶ遺跡の最上壇。日の出を待つこと数分、東の空が茜色に染まり、太陽が顔を出した。その瞬間、周囲のジャングルから立ちのぼる朝もやが照らされ、まるでケドゥ盆地全体が光の海に沈んだかのように見えた。きっとそれは、1000年以上前に巡礼者たちが目にしたものと、寸分たがわぬ光景なのだろう。大げさかもしれないが、私は時空を超えて旅をしているのだと思った。
遺跡をあとにし、アマンジウォのプールで体を休める。ライムストーンの壁とタイル、パラソルに柔らかな光が降り注ぐなかで、私は遺跡に刻まれた仏陀の「三界」について思いを巡らせていた。煩悩に満ちた「欲界」から、清らかな形や物質のみが残る「色界」、そしてすべてを超越した精神世界「無色界」へ——。いま自分がしているこの旅を「巡礼」と呼ぶのはさすがにおこがましいが、それでも現代をせわしなく生きる旅人が少しずつ何かをそぎ落とし、すがすがしい「精神の調律」を得ていることに疑いはなかった。
ジャワ文化に刺激されるインスピレーション
鉄道移動、客室での休息、そして遺跡訪問。雑念をリリースし、思考が少しずつクリアになる感覚を覚えたら、せっかくなのでその余白に旅のインスピレーションを持ち帰りたい。おすすめは伝統的なインドネシア料理に挑戦する参加型クッキングクラス「エピキュリアン ジャーニー」。シェフと一緒に地元の朝市や生産者のもとへ足を運び、集めてきた食材を使って開放的なオーガニック農園内のジョグロ・キッチンで調理する、実にアマンらしいエクスペリエンスだ。
「人々の暮らしを知りたければ、その土地の市場をのぞけ」は、旅人の間でもはや共通認識であり、ローカルでにぎわう朝市訪問は、遺跡とはまた違った興奮がある。現地語が飛び交う雑踏、かき分けるように進む路地、鼻を突くスパイスの香り、そして日本ではお目にかかれない果実や薬草ドリンク「ジャム」の試食・試飲。旅行者と地元民の境界線を一歩越えるだけで五感は激しく刺激され、ジャワ文化への解像度を一段と高めてくれる。
アマンジウォに戻り、クッキングクラスは「ササナ・ボガ」というキッチン付きプライベートテーブルで行われる。目の前のオーガニック農園からもナスやホウレンソウ、チンゲンサイなどを調達することができ、自分史上、最もコンパクトな「ファーム・トゥ・テーブル」な環境に感動する。料理は石臼ですりつぶしたピーナツを野菜にあえる「ガドガドサラダ」や、素揚げしたナスにスパイシーなソースを絡めた「テロン・バラド」、淡水魚を炭火でふわっと焼き上げた「イカン・バカール」など、食材のうま味が伝わるシンプルなものばかり。自分の体内に入れるものをきちんと見極めて選ぶ大切さを再認識しながら、私は滋味深い野菜をかみ締めていた。
ジャワ文化体験として、もうひとつ推奨したいのが弓術「ジャンパリンガン(Jemparingan)」。ジョグジャカルタ王宮の初代スルタン、スリ・スルタン・ハメンク・ブウォノ1世が宮廷内で奨励したのが起源とされ、かつては王宮内のみで受け継がれていた高尚な伝統文化だ。床にあぐらをかいた姿勢で行うのが特徴で、スポーツのようにポイントを稼ぐのではなく、あくまで弓術を通じた精神修養が目的。「弓の弦を引くことは、心を集中させることと一体である」を哲学に、高い精神性が求められる。
アマンジウォでは王宮での指導歴もあるマスター、ブディ氏のもと、ゲストにこのジャンパリンガン体験を提供している。伝統的な衣装に身を包んで行われるレッスンは、技術の習得というよりも、動的な瞑想に近い。張り詰めた空気の中、雑念を払い、己の心が整った瞬間に弦を弾く。標的に当てること以上に、自らの内面と向き合い、心の揺らぎをコントロールすることを尊ぶこの伝統文化こそ、思考の余白に詰めて帰るのにぴったりだろう。
ご覧いただいたように、アマンジウォ滞在は単にラグジュアリーリゾートでの休暇にとどまらず、歴史、文化、祈り、精神に触れる「旅」そのものである。そして、インドネシアのアマンを巡る旅はまだ続く。後編では、群島国家インドネシアで屈指の人気を誇るバリ島へ渡り、アマンダリを訪ねる。
<<後編は7月14日公開予定