週末の過ごし方
デニムと刺繍が織り成す“地域共創”の未来
ウィンドードレッサー・谷口勝彦による
松屋銀座のディスプレー制作に密着。
2026.03.19
東京の主要9エリアを舞台に、ファッションやアート、デザインなど、さまざまなイベントを展開する国内最大級のクリエイティブウィーク「TOKYO CREATIVE SALON 2026」が、3月22(日)まで開催中(※「松屋の地域共創 日本の春×TOKYO CREATIVE SALON」は3月24日(火)まで開催)。同イベントの一環として松屋銀座では、“地域共創”をテーマにした催しが行われ、正面口のメインショーウィンドーをはじめとする全12カ所のディスプレーを、ウィンドードレッサーの谷口勝彦氏が手がけた。今回、完成を翌日に控え、最後の仕上げ作業に勤しむ谷口氏に密着。プロモーションを企画した松屋銀座の吉川祐未さんと共に、制作の裏側や“地域共創”への思いについて語ってもらった。
『圭子の夢は夜ひらく』ではないが、谷口氏のクリエイションが開花するのは、すっかり街が寝静まった深夜の時間帯。谷口氏と制作作業をサポートする8名ほどのスタッフは、1カ所だけこうこうと明かりがともるスペースに集まり、正面ディスプレーの作業に没頭している。まず、発注元である松屋銀座の吉川祐未さんに、“地域共創”というテーマについて伺った。
「松屋銀座では、日本全国の伝統工芸やものづくりの魅力を銀座から発信していきたいという思いで、6年前から続けています。昨年も山陽染工さんと協業してジャパンデニムを取り上げましたが、今回は素材の魅力に触れながら、もっと広くファッションの楽しさを伝えていきたいと思い、谷口さんにご相談しました」
山陽染工は、高品質なジャパンデニムの生産地として知られる広島県福山市に拠点を置く創業1925年の染め加工企業。デニムアイテムに不可欠なインディゴ染めに加え、色素を段階的に抜いてクロス柄やペイズリーなどの模様を形作る「段落ち抜染」は、世界でも同社にしかできない特殊技術だという。昨年10月のプロジェクトスタート以来、幾度となく福山に足を運んだという谷口氏が、工場のスタッフと対話を重ね、高度な技術にインスパイアされて思い付いたのが、デニム製のフォーマルドレスをメインにしたディスプレーデザインである。
「究極のワークウエアでもあるデニムを、対極とも言えるイブニングドレスで表現したいなと思ったんです。見た目こそカジュアルだけど、細かい部分にふんだんに技術が詰まっているラグジュアリーなスタイルに仕立てるという提案です」
ドレスにあしらわれた羽根形のパーツは、山陽染工独自の「段落ち抜染」によってペイズリー柄を表現。
群馬県桐生市にある「刺繍屋ドットコム」に依頼したワッペン型のジュエリー。
谷口氏のもうひとつのこだわりは、ドレスに合わせたファインジュエリーだ。こちらも松屋銀座が掲げる“地域共創”のパートナー企業である群馬県桐生市の「刺繍屋ドットコム」の先進技術を生かしたもの。
「イブニングドレスを着せるなら、ネックレスやティアラ、リングといったジュエリーを刺繍ワッペンで作ったら面白いなと。ただ、刺繍は機械で設定できる横幅の最大値に制限があるので、結構苦労しましたね」
完成したジュエリーワッペンは、カットごとに色のトーンを変えて陰影を表現。宝石のきらめきを表現した小さな白い刺繍をあしらうなど、細部にまで谷口氏の美学が通底する。
「とんでもなく手間のかかることをやっていますが、僕の経験上、そのこだわりが人の心にも届くんです。それに、ワッペンでジュエリーを作るっていうアイデアがどこかバカバカしくて面白いでしょ(笑)。僕は師匠であるサイモン・ドゥーナンからユーモアの大切さを教わりました。ジョークという意味ではなく、例えば、もう1回見にいきたいなとか、あの人の話をまた聞きたいとか、相手にそう思わせるセンスがユーモアなんだって言われつづけましたから。ユーモアとか人間臭さみたいな余白が、ぜいたくさや豪華さに現れると思いますね」
ラフスケッチに沿って制作された正面ウインドーのディスプレー。マネキン背後につるされた蝋引きの巻き糸は、耐荷重を考慮してすべてイミテーションで仕上げた。
吉川氏もまた、互いに通じ合うユーモアという共通言語を別の言葉で表現した。
「私たちも常に“ウィットに富む”ディスプレーを心掛けています。見た人に『このようなものは見たことが無い』と思わせたいというのも、今回、谷口さんに依頼した理由のひとつです。このワッペンにも驚きを感じてもらう工夫が詰まっていますよね」
もちろん、こうした自由な発想をかたちにするには、クライアントの理解が必要だ。谷口氏も自身のクリエイションを尊重してくれる松屋銀座への感謝を口にする。
「誰もやらないことに挑戦するのが面白いんです。松屋さんには、今までにないものを作って、“Better than ever(今までで最高に良い)”でいきましょう!って最初に提案したんです。世の中的にコストカットが叫ばれるなか、こちらのアイデアを面白がってくれました」
正面入り口付近のディスプレー。完成形を見れば、ラフスケッチの精度の高さがよくわかる。「どんなにシュールであったり、コンテンポラリーなものでもデッサン力は必須。ダミアン・ハーストだってウォーホルだって人並外れたデッサン力の持ち主ですから。それは記憶する能力や優れた観察力によって培われるのだと思います」(谷口氏)
プロモーションの立ち上げから伴走した吉川氏も、その出来栄えを絶賛。
「半年近く、アトリエで作業されているのを見てきたので、こうして出来上がったものを見ると感無量ですね。(12カ所あるうちのお気に入りはありますか?との問いに)。やはり正面ウィンドーですかね。糸を紡いでデニム生地からドレスが生まれるというプロセスと、カジュアルなデニムを使ってイブニングドレスに見立てるというアイデアが、ひとつの『画』にすべて詰まっています。店舗のスタッフによると『あのドレスが欲しい』っておっしゃったお客さまもいたそうです」
計10カ所ある地下通路のショーウィンドーは、1点ずつすべてディスプレーが異なる。こちらはプランター型の巻き糸から、花に見立てた刺繍のリボンが咲いたもの。
マネキンの背景となるキルティングにも山陽染工の抜染技術が生かされている。キルティングの膨らみを表現するために、生地の間に緩衝材を封入するなど、細部にも抜かりがない。
松屋銀座は昨年、この地に店舗を構えて100周年を迎えた。今回の大規模なディスプレー展開も含めて、銀座から世界に向けてメッセージを発信していくという思いは強い。
「これだけ大々的にショーウィンドーを使うというのは、ほかになかなかないですし、来てくださるお客さまに対しての“おもてなし”という部分で今後も大切にしていきたいですね。同時に“地域共創”を掲げていますので、ディスプレーで紹介しつつ、地域にきちんとお金が還元されるような仕組みの構築を考えています」(吉川氏)
古巣のバーニーズでの仕事をはじめ、銀座には所縁の深い谷口氏も一家言持っているようだ。
「歴史があるから街並みに独自の美意識が根付いているし、伝統を大切にしています。その一方で、実は革新的な一面もあるんですよね。2004年にバーニーズが進出した際にも、老舗の旦那衆が、すごく好意的に応援してくれたんです。新しいものを生み出すパワーもあるし、こちらもいいものを作ろうと気合が入りました。まあ、過激なことをやって怒られたこともありますけどね(笑)」
「松屋の地域共創 日本の春×TOKYO CREATIVE SALON」は、松屋銀座 正面ウインドー、銀座一丁目駅地下通路などで3/24(火)まで展観される。
松屋の地域共創 日本の春×TOKYO CREATIVE SALON
期間/3/11(水)~3/24(火)
場所/松屋銀座 正面ウインドー、銀座線 銀座一丁目駅 A12出口 地下通路
TOKYO CREATIVE SALON 2026
tokyo-creativesalon.com
Photograph: Yoshihiro Kawaguchi (STOIQUE)
Text:Tetsuya Sato