週末の過ごし方
書家・根本 知さんと巡る
老舗の看板を読み解く
【第2回 壺中居(こちゅうきょ)】
2026.06.12
書家・根本 知さんと巡る「老舗の看板を読み解く」。第2回は、日本橋の老舗骨董店「壺中居」を訪ねた。
1924(大正13)年創業の骨董店「壺中居」は、中国・韓国・日本を中心とした東洋古美術の粋を集める名店として知られている。顧客には、川端康成や小林秀雄、青山二郎などの文人、北大路魯山人や濱田庄司といった芸術家まで、そうそうたる名前が並ぶ。その「壺中居」の看板は、歌人で書家、美術史家、英文学者でもある會津八一の手によるもの。以前は店の軒先に銅板にはめ込まれて飾られていたが、いまは店内に掲げられている。
今回は、壺中居代表取締役社長の松浪幸夫さんが出迎えてくれた。
実は北大路魯山人が書きたがったという看板
「看板が制作されたのは、昭和20年ごろです」と語る松浪さん。「創業者の廣田松繁と西山 保が、かねてから俑(よう)(注:中国で副葬品として作られた人や鳥獣を陶器でかたどったもの)が好きで店によくいらしていた會津八一に依頼した、と聞いています」と続けます。
当初は、北大路魯山人が看板を書きたいと言ってきたが、創業者がやんわりと断ったというエピソードもあると松浪さん。「後日、出来上がった看板を見た魯山人が『うーん』とうなって黙って帰って行ったという話が、まことしやかに語られていますね」と根本さん。「当時のライバルをうならせるほどの迫力と技巧が、會津八一の文字から感じられます」
會津八一の体の動きがわかる
文字の様子から、大きな筆で一気呵成に書かれたことが伝わると話す根本さん。
「例えば『壺』ですが最終画の土の部分以外は蔵鋒(ぞうほう)(注:筆先を丸めて書く書法)で筆を逆に入れて書いています。横線の長い和冠も、囲いも蔵鋒。土の下の一は、腕をぐっとあげて次の字へ気持ちをつないでいますね。『中』の縦線は払いきることなく、終筆でぐっと腕を振り上げるように書いています。ただ、會津先生の縦線は、入筆が露鋒(ろほう)(注:筆先をとがらせて書く書法)であることが多く、横線より軽やかに引くのが特徴です。まさに會津先生の体の動きが目に浮かぶようです。気合を入れて書いたのではなく、肩の力を抜いて、草稿すら考えずに書いたのではないでしょうか。格好いいですね」
円熟期の魅力が詰まった文字
「『壺』の口の部分は、通常は3画ですが、これは2画で書かれていますね、これは篆書や隷書の書法です。さらに署名の「秋艸道人」の「艸」は篆書体から派生した「草」が用いられていると根本さん。加えて「道を縦長に書き、人は小さく納める。文句なしの美しい書風です」。この看板が書かれたのが、昭和20年ごろとすると、會津八一は60代。「もっとも脂が乗ったときの字ですね、見れば見るほど魅力的です」
原寸大のパワー
「かねてから、この壺中居の文字は、會津八一が原寸大で書いたものを、彫師が彫ったのではないかと考えているのですが」という根本さん。松浪さんは「事実は把握していませんが、当時は原寸大で職人が彫るのは基本だったと思いますね」と返します。
NHK大河ドラマ『光る君へ』の題字を書くなど、自身もロゴや看板を数々手がけてきた根本さん。「小さく書いたものを大きくしたり、大きく書いたもの小さくすると、文字の勢いが失われることが多いのです。會津八一も理想は常に原寸で書くと著書で述べているので、『壺中居』も原寸で書いたに違いないでしょう」
老舗の看板は原寸で書かれたものが多いと根本さん。散歩がてら、原寸大の看板からパワーを感じてみてはいかがだろうか。
壺中居美術店
住所/東京都中央区日本橋3-8-5
Tel/03-3271-1835
営業/11:00〜18:00
定休日/日曜日、祝日、第1・3・5土曜日(第2・4土曜日は営業)
根本 知(ねもと さとし)
書家、立正大学文学部特任講師、博士(書道学)。教鞭を執るかたわら、かな書道の講座を主宰。「グランドセイコー」リニューアルイメージ作品揮毫(2018年)、ニューヨークにて初個展「flow」(2019年)。NHK大河ドラマ『光る君へ』では題字と俳優の書道指導を担当(2024年)。「神田祭」題字揮毫(2025年)ほか。著書に『本阿弥光悦の書 宗達下絵との調和』(2026、雄山閣)、『10の法則で読む くずし字入門』(2025、淡交社)ほか多数。
Text: Kyoko Tomikawa (emu)
Photograph: Hiroyuki Matsuzaki (INTO THE LIGHT)