美しい時計

時計評論家が選ぶ3本 Vol.3
Gressive編集長・時計ジャーナリスト 名畑政治さん

2017.11.29

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時計ファンに向けて展開する、本格腕時計Webマガジンとして知られる“Gressive(グレッシブ)”。名畑さんは腕時計の最新情報を網羅することに加え、正規販売店を手軽に検索できる人気サイトを率いる編集長だ。また、機械式時計の事情に詳しいだけでなく、ミリタリーアイテムに関する歴史や文化にも精通した人物。なかでも今シーズン、名畑さんの興味を強く引いたのが、イタリア海軍とも深い結びつきをもつパネライの“マーレ ノストゥルム アッチャイオ”だ。

【BEST1】ミリタリーウオッチならではの奥深いエピソードに魅せられて

「時計は確実性が求められるアイテムです。失敗が許されないという意味で、軍隊ほど確実性を重視する集団もないように思います。そういったことからも、ミリタリーウオッチには確実性をテーマにした多彩なヒストリーが付随します。特にパネライは過去にイタリア海軍を主要な取引先としていた時期があり、非常に興味深い“裏話”を複数持っているブランドなのです」

名畑さんはパネライが潜水時計を手がけるようになったエピソードからしてとても興味深いと語る。
「第二次世界大戦時代のイタリア海軍は資金に乏しく、他の欧州先進国が潜水艦を次々と開発するなかで、ミニアッタという小型潜水艇くらいしか造ることができませんでした。潜水夫がむき出しの状態で搭乗する簡素な乗り物であるため、身に着ける時計にかなり高い潜水機能が求められることは言うまでもありません」

それだけにパネライの時計は、当時のなかでも抜群に優れた防水機能を備えていたという。

「さらに複雑な海中作業を適確にこなす必要性から、同社初となる防水クロノグラフモデルである“マーレ ノストゥルム”が発案されました。ただしこの軍用クロノはプロトタイプだけが製作され、量産されることはありませんでした。そのため資料も少なく第1回の復刻版は、唯一残されたアーカイブ写真からデザインされていたのです」

いわゆる“プレ・ヴァンドーム時代”と呼ばれるそのときの復刻モデルを名畑さんも欲しいと考えたが、諸事情から購入には至らなかったという。

「その後、第二次世界大戦仕様の“マーレ ノストゥルム”が発見され、オークションに出品されたことなどはニュースにもなりました。そしてパネライがその“本物”を落札し、2010年についに本当にリアルな“マーレ ノストゥルム”が復刻されたのです」

ただし、そのケース径は52㎜という巨大なサイズ。価格もとびきりなので、再び諦めざるを得なかったと当時を振り返る。

「2017年の今季リリースされた“マーレ ノストゥルム アッチャイオ”は、僕にとっても“三度目の正直”。ケースサイズも自分の細腕にマッチする42㎜にして非常に魅力あふれるプライスがポイントです。まさに文字どおり、待ちに待ち続けたベストウオッチの登場となったのです」

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パネライ“マーレ ノストゥルム アッチャイオ”

イタリア海軍の甲板将校用時計として、1943年に開発されたプロトタイプに端を発する“マーレ ノストゥルム ”。新作となるこの“マーレ ノストゥルム アッチャイオ”は、そんな幻の海軍クロノグラフの第1回復刻モデルを彷彿させるもの。ムーブメントはETA社製2801-2をベースにクロノグラフの名手、デュボアデプラ社がクロノグラフモジュールを搭載し、パネライがカスタマイズを施した特別仕様。スイスクロノメーター検定協会の認定を得た高精度を誇っている。ちなみに「アッチャイオ」とはイタリア語で“鋼鉄”を意味し、当該モデルがステンレス製ケースであることを表している。SSケース、42㎜径、手巻き、世界1000本限定。¥1,070,000/パネライ

【アンダー30】オン・オフ両用ができるだけでなくしゃれた遊び心まで兼備する

ミリタリーウオッチなど歴史的な背景をもつ時計に強い興味を抱く名畑さん。この時計シーンの博学に、機械式時計のエントリーモデルを伺ったところ、やはり“軍用”のバックボーンをもつモデルの名が挙がってきた。

「オリスの“ビッグクラウン1917 リミテッドエディション”は、機械式時計の基本に忠実な作りでありながら、個性的でありつつ面白いエピソードやオプションを備えているところが秀逸です。オリスというと、クラシカルでドレッシーなポインターデイト式カレンダーウオッチを思い浮かべる人も多いと思います。しかし、実はこんな男らしい時計を作っていた時期もあったのです」

“ビッグクラウン”は、オリスが1910年代のいわゆるアビエーション黎明期にパイロット・ウオッチの製造を手がけていたことを振り返った人気の復刻シリーズ。特に“1917 リミテッドエディション”は、1917年ごろに同社が実際にリリースしたモデルをアーカイブから忠実に再現したビンテージスタイルを特徴とする新作だ。

「第一次世界大戦期の時計を範としたモデルらしく、トレンチウォッチのディテールを数多く備えているところに興味を持ちました。力強いアラビアインデックスにブルースチールのコブラ針。それにワイヤー風ラグに大型の玉ネギ型リュウズなど、濃厚な要素を備えながらバランスも抜群」

また、この一本はモデル名にちなんだ1917本の限定販売であり、2種類のカーフストラップがセットされているところも見逃せないと名畑さん。

「ビジネスシーンなどの使用においてはノーマルなストラップを付けつつ、オフのときなどはパイロット風の台革を備えたストラップに付け替えてみたり。そんな遊び心あるセットが面白いじゃないですか」

時計ジャーナリストであり時計専門メディアを手がける名畑さんは、時計販売店との付き合いも広い人物。オリスは有力販売店からも高い評価を得ているブランドだと評価する。

「長い歴史を有する時計ブランドも、時代によって変化が求められます。場合によってはその変化が成長の切っ掛けになることもありますが、大事なのは自分たちのアイデンティティーを見失わないこと。そういう意味でオリスは非常にブレの少ないブランドです。だからショップを中心とした顧客も安心してお付き合いができる。今季のバーゼル展示会でも幾つかのモデルが人気のあまり、展示会期間中にソールドアウトしたと聞いています」

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オリスの“ビッグクラウン1917 リミテッドエディション”

オリスの自社アーカイブから新たに発見された、1917年ごろ製造の同社初となるパイロット・ウオッチを復刻した意欲的な新作。2時位置には時刻調整用となる“ダボ押し”のプッシャーを備えており、細かい部分までビンテージスタイルを踏襲している。ケースバックには当時の品質保証を示す“OWC(Oris Watch Company)”の商標がエンボス加工されている。交換用レザーストラップを収納する革製トラベルポーチの付属も特徴的。SSケース、40㎜径、自動巻き、世界1917本限定。¥276,000/オリス

【愛用】“スピマス”こそは近代機械式クロノグラフの完成型

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ミリタリー系に代表されるような確実性獲得に関し唯一無二のエピソードをもちつつ、ブレの少ない実直なブランドのモデルを高く評価する名畑さん。ご自身の愛用時計もそういったエッセンスを備えた歴史的な傑作だった。ムーンウオッチとして名高いオメガの“スピードマスター”は、NASAのアポロ計画にて月に同行する栄誉を与えられた特別な時計。いわゆるその三世代目となる“3rdモデル”を名畑さんはこよなく愛用する。

「機械式時計に関する歴史に始まり機能の意味、構造などについて一定の知識をため込むと、誰もが一度は“スピードマスター”を意識すると思うのです。僕ももちろんそのクチで、いろいろ探して97年に、ある時計ショップにてこの“3rdモデル”を手に入れました。“スピードマスター”の素晴らしいところは、近代機械式クロノグラフの象徴として非常に高い完成度を実現させているところにあると考えています」

1961年から始まったNASAのアポロ計画。それ以前にNASAでは公式ウオッチを選定するという名目で、名だたるブランドの時計を集め耐久テストを実施したという。

「しかしどのモデルも実験中に壊れてしまいました。唯一“スピードマスター”だけが生き残ったといいます。それはオメガの時計作りと品質管理が当時から徹底していたことを意味します。大量生産でありながら一定のクオリティーを完璧に保つモノづくりのシステムを、オメガはすでに完成させていたのです。なかでもこの“3rdモデル”は、初代の誕生から約60年経ったいまでもほとんど変わらない仕様で作りつづけられている、傑作の原点となるモデルです」

機械が優れているのはもちろんのこと、名畑さんの“3rdモデル”はブレスレットも“特別”だという。

「このブレスレットは1960年代に作られたハーフエクステンションタイプ。オメガの純正品になりますが、いまとなっては珍しいもの。以前、スイスのオメガ本社に取材で訪問した際、そのとき本社のスタッフから『このブレスレットはどこで手に入れたんだ!?』と驚かれました(笑)」

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選者プロフィール●名畑政治/Gressive編集長・時計ジャーナリスト。1959年東京生まれ。85年からフリーライターとしての活動をスタート。90年代に入り時計専門誌や男性情報誌にて時計やカメラ、ファッション関連の取材および執筆を始める。スイスのジュネーブやバーゼルにて行われる時計フェアに関する取材を開始したのは94年から。現在は時計専門ウェブマガジン「Gressive」の編集長を務める。

掲載した商品はすべて税抜価格です。

<Vol.2 ライター 柴田 充さん>→

←<Vol.4 『クロノス日本版』編集長、時計ジャーナリスト 広田雅将さん>

Text: Tsuyoshi Hasegawa(ZEROYON)
Photograph: Katsunori Suzuki

取材協力/フィルタープレイス http://filter-place.com/

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