旅と暮らし
俳優・岸谷五朗、街を呼吸する。
第8回 神田神保町
2018.02.22
「ああ、いい本並んでるな。ここだと半日くらいいちゃいそう」と岸谷五朗がつぶやく。場所は神保町交差点近くの矢口書店。眺める先の本棚にはブレヒト、ハロルド・ピンター、ニール・サイモンなどの戯曲の背表紙が並ぶ。ここは演劇や戯曲に特化した品ぞろえで知られている。じっと見つめる顔は、俳優というより劇作家のそれだ。
「若いころはお金がなかったから、もっぱらこうした古本屋で買っていましたね」と岸谷は語る。彼自身、演劇ユニット・地球ゴージャスでは演出のほか、脚本も手がけている。毎回2時間半を超える舞台は歌あり、ダンスありの見事なエンターテインメントだが、随所に反戦や人種差別、少数民族への迫害などが盛り込まれ、観客の胸に重みを残す。
矢口書店のある神田神保町、お茶の水界隈は「日本のカルチェラタン」と呼ばれるが、書店の数では本家のパリを遥かに凌ぐ。特に古本屋は、それぞれの個性も抜きんでている。江戸時代の和書、戦争もの、サブカルチャー、アイドルのお宝本など、ニッチで深いそのラインナップは多種多様だ。
そもそも、なぜ古本は存在するのか。もちろん廃棄されるものも多いが、書籍を捨てることに少なからず罪悪感を覚える人は少なくないはずだ。電子書籍のデータ消去時にこの憂いはないだろう。
矢口書店での撮影中、岸谷五朗は一冊の本を見つけた。つかこうへいの『娘に語る祖国』。在日韓国人である出自を初めて公にし、その心の葛藤を父から娘への言葉として書いた約30年前のベストセラーだ。岸谷も新刊時に読んで感銘を受けたという。
「夢中になって読んだ本が古くなって目の前にあって、まるでタイムカプセルみたいでしたね」と感慨深そうに語る。
いい作品であれば、本は版を重ね、人から人へ読み継がれる。汚れは“愛読”の裏返しだ。積み重なる読者の思いが、知に鮮度を与えつづける。若さとは肌の艶ではなく、好奇心と探求心。古本が集まるこの街は、だからこそいつまでも青年のままだ。
<神田神保町とは?>
江戸時代に旗本・神保長治の屋敷があったことが地名の由来。神田神保町が正式名称だが、略して神保町と呼ばれることが多い。明治維新後、多くの武家屋敷跡に大学が建てられたことから、学生向けの古書店が増え、やがて書店および出版社が多く集まるようになった。20世紀初頭、いち早く近代化を成し遂げた日本の文化を学ぶべく、清からの多くの留学生が訪れ、生活の拠点にした。孫文、魯迅、周恩来など、この地にゆかりのある著名人は少なくない。その名残もあり、現在も中国関連の書物を扱う書店や中華料理屋が軒を連ねている。
<訪れた店>
矢口書店
今年で創業100年を迎える神田神保町古書店の老舗のひとつ。昭和50年代から映画や演劇を専門に扱うようになった。映画評論や演劇の戯曲、昔のアイドル雑誌など、現在は手に入らない貴重な本もそろえており、多くの映画、演劇の関係者が訪れるという。東京都千代田区神田神保町2-5-1 Tel 03-3261-5708 営業時間 10時~18時半(金・土は19時) 年中無休(年末年始除く)
http://yaguchi.movie.coocan.jp/
<岸谷五朗(きしたに・ごろう)>
1964年生まれ。大学時代から劇団スーパー・エキセントリック・シアターに在籍し、舞台、テレビ、映画で活躍する。特に1993年「月はどっちに出ている」では映画初主演にして多くの映画賞を受賞し、高い評価を集めた。94年に独立後、同時に退団した寺脇康文と組み、演劇ユニット地球ゴージャスを主宰。出演以外に演出・脚本も手がけ、毎公演ともソールドアウトとなる人気を集めている。次回のプロデュース公演「ZEROTOPIA」は赤坂ACTシアター(2018年4月9日~5月22日)ほか、全国5都市で公演予定。チケット発売中。
https://www.chikyu-gorgeous.jp/vol_15/
ジャケット¥160,000、シャツ¥24,000、タイ¥19,000、チーフ¥5,000、パンツ¥49,000/すべてブルックス ブラザーズ(ブルックス ブラザーズ ジャパン 0120-185-718)、その他スタイリスト私物
掲載した商品はすべて税抜き価格です。
Photograph:Satoru Tada(Rooster)
Styling:Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair:AKINO@Llano Hair(3rd)
Make-up:Riku(Llano Hair)
Text:Mitsuhide Sako (KATANA)