旅と暮らし

2組のレジェンドの想いを受け継ぐ、ヤンゴンの温かなホテル

2018.04.06

大石智子 大石智子

2組のレジェンドの想いを受け継ぐ、ヤンゴンの温かなホテル

The Strand Yangon(ザ ストランド ヤンゴン)
ミャンマー/ヤンゴン

世界には、強烈なアイコンをもって有名になったホテルがいくつかある。例えば、シンガポール「マリーナベイ・サンズ」のルーフトップのプールだったり、ドバイ「アトランティス・ザ・パーム」の海中スイート、インド「ウメイド バワン パレス」の宮殿の外観などなど。写真映えにより期待値が高まり、行く前からすごさがわかる。

さて、今回紹介する「ザ ストランド ヤンゴン」だが、このホテルは、写真だけでは表しづらい独自の空気感に強く惹(ひ)かれてしまった。泊まったあとにいとしさが増す。ホテルのキャラクターが好みだったとしか表現できない。とはいえ、そう言われてもよくわからないと思うので、具体的な魅力をいくつかお伝えしていきたい。

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最初に「ザ ストランド ヤンゴン」の外観写真を見たときから、いい予感がしていた。凛(りん)とした気品が漂う低層のコロニアル様式には、同じような外観をもつホテルに共通するあるメッセージがあった。「こ、これは……、イギリス統治化時代に建てられたアジアのクラシックホテル! 私が絶対に好きなや~つ!!」と思わせたのだ。そこで、このホテルに行くことを目的にヤンゴンへと旅立った。

事実、「ザ ストランド ヤンゴン」は、1901年に建てられた歴史あるホテルだ。ホテルの創業者は、「ラッフルズ シンガポール」やペナン島の「E&O ホテル」を造ったサーキーズ兄弟。彼らはペルシャ出身のアルメニア人で、1869年のスエズ運河の開通後、ヨーロッパからアジアへ旅する人の増加を見越してアジアに一流ホテルを建てつづけたやり手である。ちなみにいまでもサーキーズ兄弟によるホテルのファンは多く、私もすべてに泊まったみたいと思っている。

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ホテルが建てられた当時のラングーン(現ヤンゴン)といえば、外国人旅行者が来るような街ではなく、一流ホテルは必要ないように思われていた。しかしサーキーズ兄弟はすぐにそのニーズが来ると信じ、ラングーンでのホテル経営に挑戦した。読みが早すぎたのか、1892年に開業したホテルは成功しなかったが、1901年開業の「ザ ストランド ヤンゴン」は最先端のホテルとして軌道に乗りはじめた。川沿いに位置し船で訪れる旅行者にも都合が良かったし、何より、国一番の優雅さを誇り、繁栄しはじめた街の象徴となった。

残念ながら年月が経ち、1980年代になるころにはホテルはすっかり老朽化してしまった。しかし、その価値を見逃さなかったのが、アマンリゾーツ創業者であるエイドリアン・ゼッカだ。歴史あるこの建築を保護しようと投資を行い、改修工事に着手。1993年に見事再生させた。つまり、2組のホテル界のレジェンドの情熱が注がれたホテルなのだ。

つい前置きが長くなってしまったけれど、現在のホテルを案内しよう。ヤンゴン国際空港からはタクシーで約30分。強い日差しが降り注ぐ中、まだ素朴と言えるヤンゴンの街を走り、川沿いでクルマを降りる。街の中で「ザ ストランド ヤンゴン」はほかのどの建物より瀟洒で、貴婦人のようなたたずまいを見せていた。

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ミャンマーの民族衣装であるロングスカートのようなロンジーをはいたバトラーさんに案内され部屋に入る。そこでまず驚いたのは、想像以上の天井の高さと広さ。スタンダードと思いきや55㎡もある! 実はホテルの全32室はすべてがスイートで、私が泊まった「スーペリア スイート」がいちばん手ごろ。価格は1室259USDから(ザ ストランド ヤンゴンが加盟するザ・リーディングホテルズ・オブ・ザ・ワールドでの価格、時期などにより変動あり)。この価格で満足度が高すぎた。

広さにくわえ、レイアウトもインテリアも最高に格好いい! 派手ではなく、おしゃれを頑張った感じでもなく、ロビーと同じ薄いグレーの壁をベースに、ミャンマーらしいアートやアンティーク家具が配置されている。実は「ザ ストランド ヤンゴン」は2016年11月に約半年もの工事期間を経てリニューアルオープンしたのだが、工事前の写真を見ると、今回のリノベーションは大成功と思わざるをえない。バンコクをベースとする「P49 Deesign & Associates」という会社がデザインを手がけたそうだ。

素晴らしいのが、部屋もパブリックスペースも極力既存のディテールを生かしてリノベーションしたこと。例えば部屋のベッド台や床、ドア、お風呂のタイルなどは元のまま生かして修復している。どこにいても、歴史の長いホテルならではの趣を感じることができる。

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バーやレストランも、以前の写真を見返さなくてもランプの形や壁紙(象柄!)を思い出せるくらい印象的。さらに、郷土料理がおいしかった。ミャンマーの国民食である“モヒンガー”という麺料理や、お茶の葉を使ったサラダの“ラペット”、スパイスに漬け込んだミャンマー風鶏のから揚げなどがいい味だった。

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バーの雰囲気が良すぎてつい飲みすぎてしまった次の日には、野菜スープを2種いただいた。レンズ豆のスープか、白いんげんと茄子のスープか迷っていたところ、お椀のサイズで両方提供してくれたのがうれしかった。このレストランには3度行ったのだが、最後の日は、「あの料理をもう一度食べたい」という気持ちと「他のメニューも試したい」という気持ちの間でさいなまれた。今思うにミャンマーカレーを食べ損ねたことが心残りではある……。

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滞在中は本当に優しいスタッフのサービスに触れ、それはサービスというより個々の心根の善さのように感じた。例えばこんな話がある。バスタブにお湯をためているあいだにデスクワークをしていたら、注意不足でお湯があふれてしまった。絨毯(じゅうたん)などは濡れなかったものの、部屋の床が濡れた(本当に気をつけなければいけない)。

スタッフに連絡を入れるとすぐに片付けに来てくれ、私は謝った。古い建物ということもあり非常に心配していると、「大丈夫、大丈夫」と言い、むしろ私がお風呂に入れてないことを気にして、片付け後に浴槽にお湯をため直してくれたのだった。申し訳ない気持ちと感謝でいっぱいになりチップを渡そうとすると、驚くべきことに「え?」という反応をされたのだ。「いいんですよ」と。とりあえずそう言うとかではなく、素の表情だった。結局、チェックアウトの際にお礼を渡すことができた。

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それ以外にも、バーのスタッフのお茶目さ、レセプションのスタッフの穏やかさに触れ、あいさつするだけで癒やされてしまうほどいい人ばかりだった。日ごろストレスの少ないほうの私がそう思うのだから、このとき疲れていたら泣いていたかも……とまで言いたくなる。

いろいろ書いたけれど、「とてもいいホテルだった」というのがしみじみ思う感想だ。本当においしいものを食べたとき、反射的に「おいしい」という感想がぽろりと口をついて出るように、シンプルにそう感じる。また訪れたいし、またこのホテルの写真を撮りたい。でも、カメラやiPhoneがなくて写真が撮れなかったとしても行くだろう。あの空気感のなかで時間を過ごせたら、それだけで幸せだ。

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The Strand Yangon
http://www.LHW.com/thestrand

日本での問い合わせ
ザ・リーディングホテルズ・オブ・ザ・ワールド  0120-086-230(平日9:30-18:00、土日祝を除く)

プロフィル
大石智子(おおいし・ともこ)
出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、年に10回は海外に渡航。タイ、スペイン、南米に行く頻度が高い。最近のお気に入りホテルはバルセロナの「COTTON HOUSE HOTEL」。Instagram(@tomoko.oishi)でも海外情報を発信中。

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