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腕時計

グランドセイコーが刻む「時のモノ語り」
第四回

2018.05.10

逸品の時間
作家 矢島裕紀彦

その喋りは、さすがになめらかだった。本日のお題は「私の腕時計」と前置きして、噺家(はなしか)はリズムよく語っていく。まるで一席の落語を演ずるようである。

「男の顔は履歴書」なんてえことを申します。少しくらい不細工でも、時を刻み年輪を重ねると味が出てくる。昭和の名人、五代目古今亭志ん生師匠なんかも、若い時分は「仏頂面で愛想がない」などといわれておりましたが、晩年は高座でお辞儀して顔を上げ「えー」と言っただけで客席が沸く。顔を見せるだけで芸として成立してしまうってわけです。この志ん生師匠と並び称された名人が、八代目の桂文楽師匠でございました。

志ん生師が天衣無縫、見事な崩し字の草書の芸だとすると、文楽師のは一言一句ゆるがせにしない楷書の至芸です。なんせ文楽師匠は新しいネタはすぐには高座にかけず、七年、八年という長い時間をかけてつくり上げる。そうして磨きに磨かれた噺は、正確無比なひとつの型として完成し品格さえ漂う。同じ噺を高座にかけて時間を計ったなら、一分一秒の狂いもないんじゃないか。そう評する人もいたくらいでした。

実のところ、私の師匠がこの文楽師の孫弟子に当たる人でして。だからこそ、私は噺家になれたようなもんなんです。というのも、大学の落研にいた私が卒業間近、プロの落語家になりたいといったら両親は、そりゃあもう大反対。落語は学生時代の道楽ぐらいに考えていたんでしょう。そんなとき、田舎のオジイさんだけが諸手を上げて賛成してくれた。オジイさん、文楽師匠の大ファンで、その孫弟子の師匠に弟子入りできるなんて光栄至極、これにまさることはないと、応援してくれたんです。頑固一徹なオジイさんがそう言い出したものですから、両親も打つ手なしです。押し切られる形で私の入門が叶いました。

このオジイさん、南部岩手は盛岡の生まれ。南部鉄器の、とくに「鬼あられ」と呼ばれる無数の突起のある独得の風合いの鉄瓶づくりを得意とする腕のいい職人でした。それはもう見事なもので、自作の鉄瓶を見せながら「いい顔してるだろ」というのが口癖で、究極の手仕事を誇りに生涯現役を貫いた人でございます。そんな生真面目一辺倒のオジイさんですから、たまに鉄瓶以外の話をするのは文楽師匠のことばかり。それが一度だけ、機械式時計の組立師さんの話をしてくれた。なんでも息抜きに足を運んだ居酒屋で隣町の雫石の時計工場の職人さんと隣席になり、百分の一ミリ単位の細密な組立調整をするという話に匠の技を感じたという。あの人はいい顔してた、本物の職人だなあ、と興奮気味に話してくれました。そんなふうに手仕事で完成される精緻(せいち)な腕時計があるということに、よほど感銘を受けたんでしょうね。そのとき私も、早く一人前になってそんな時計をしてみたいと憧れたものです。

オジイさんは私の落語にも、なかなか厳しかった。見習いから前座、そして二つ目と進んで、高座に上がれるようになりますと、ときどき見にきてはダメ出しをする。まだ顔ができあがっておらんな、の一言です。その一方で、私の真打ち昇進をとても楽しみにしてくれていました。

でもねえ、私は不出来で、なかなかオジイさん孝行できなかった。今から考えると、とんとん拍子に二つ目まで上がって、出世が早いなんて言われていい気になってた。どこか浮かれて修行に実が入らないところがあったんでしょう。変に小器用なところを自惚(うぬぼ)れて、オジイさんから教えられた文楽師匠の「あたくしは仕合わせでした。なぜってえと不器用でしたから」という台詞(せりふ)のほんとの意味なんか、まったく噛みしめることがなかった。そうやってもたもたしてるうちに、オジイさんは鬼籍入りしてしまった。大きな落としものをしたような喪失感に襲われました。

後悔先に立たず、ではありますが、それから私もさすがに猛省した。心を入れ替え稽古に打ち込み、翌年には真打ち昇進を果たしました。そのお披露目の日、わざわざ盛岡からオバアさんが上京し演芸場の楽屋を訪ねてくれた。オバアさんはちっちゃくなった体で私の前にちょこなんと座って、小さな包みを差し出す。促されて開けると、中は立派な腕時計です。私は思わず、あっと声を上げた。オバアさんは言いました。

「おまえが真打ちになったら渡してくれと、オジイさんにことづかっていたものです。雫石の組立師さんが手がけた時計です。初めて高座に上がって頂戴(ちょうだい)した出演料を、おまえ、感謝の気持ちだからとオジイさんに送ってくれただろ。オジイさんは孫からお小遣いが届いたと大はしゃぎしてね。でも、使えるわけもない。それから、コツコツ貯めたお金を足して、その時計を買ったんだよ。オジイさんは仰ってました。腕時計にも顔がある。あいつも、真打ちになってからがほんとの修行だ。あいつ、どんな顔になるかな。味わいのある顔になってくれるだろうか。話芸を磨いて、内側から風格がにじみ出るような『話の職人』になってほしいもんだな。俺は期待してるんだ」

もう、ありがたくってね。目頭があつくなりました。落語ってのは、だいたいが江戸時代のお話でしょ。寄席にいらっしゃったお客さんを連れて時間旅行をしてるようなところがあります。この時計は、江戸と現在を行き来する私の、心のバランスを保ってくれているようにも思います。

この時計を眺めているとね、今もオジイさんの声が聞こえてくるようです。おまえ、いい顔になってるかって。


※この作品には実在の人物名が登場しますが、この物語はフィクションです

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グランドセイコー ヘリテージコレクション
キャリバー9S 20周年記念限定モデル SBGR311

メカニカルムーブメント キャリバー9S68搭載、日常生活用強化防水(10気圧防水)、耐磁時計(JIS耐磁時計1種)、日差+5秒~-3秒、ケースはステンレススチール、中留:ワンプッシュ三つ折れ方式、直径42㎜、¥500,000(税抜き)、世界限定1,300本。

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グランドセイコー ヘリテージコレクション
SBGR307

メカニカルムーブメント キャリバー9S68搭載、日常生活用強化防水(10気圧防水)、耐磁時計(JIS耐磁時計1種)、日差+5秒~-3秒、ケースはステンレススチール、中留:ワンプッシュ三つ折れ方式、直径42㎜、¥480,000(税抜き)。

www.grand-seiko.com

問/グランドセイコー 0120-302-617

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  第五回はこちらからご覧いただけます>>

Text:Yukihiko Yajima
Photograph:Tetsuya Niikura(SIGNO)
Illustration:Hiroko Takashino

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